二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

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ホテルハワイ解体・ザキトワと秋田犬・加藤広志氏訃報

2018年2月後半から3月初旬にかけてアクセス数が急上昇したエントリーを、アクセス数順・トピック別に紹介。


▼ホテルハワイ新本店・ラグーン解体

倒産したホテルハワイ三店舗のうち、池永小路の二棟をプレサンスコーポレーションが取得、解体(一部改築)後マンションを建築することを発表。また、廃墟化がいちじるしい秋田駅前店についても、同社が買収を検討している。

 

▼ザキトワと秋田犬

平昌冬季五輪フィギュアスケートで金メダルを獲得したアリーナ・ザギトワと秋田犬のニュースに関連して、初めて海を渡った秋田犬とヘレン・ケラーについての記事。

▼加藤広志氏の訃報

能代工業高校バスケット部の黄金時代を築いた名監督・加藤広志氏の訃報を受けて、その教え子であり同部OBの友川カズキについての関連記事。

友川カズキが恩師・加藤広志を唄った『明るい耳』。

| 未分類 | 18:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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二足歩行ロボット・室外機のある風景02

室外機がある風景

| 散歩写真・路上観察 | 08:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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すずらん通り「さんや食堂」残影

戦後まもなく開業し、秋田市すずらん通りで最も昭和の面影を残す建物であった、旧「さんや食堂」が、昨年(2017)末、解体された。

すずらん通り・さんや食堂
▲2003.11 

引き戸を開けて入ると右手に小上がり、中央がテーブル席、左手に厨房。

看板にも名前が見える、一人鍋で食べる具沢山な肉鍋定食、親子丼、天ぷらそば等々、何を食べても外れのない老舗の味。 

すずらん通り・さんや食堂
▲昭和26(1951)年 新聞広告

すずらん通り・さんや食堂
▲昭和26(1951)年 新聞広告

創業者の名字の頭文字「三」と、下の名前の頭文字「弥」をとって「さんや」と命名。 

上掲広告にあるように、すずらん通りの別名は三丁目小路、または三丁目橋小路。北側に並列する山王大通り(竿燈大通り)は古くは二丁目小路と呼ばれて、元々は一丁目小路・三丁目小路・四丁目小路と同じ道幅の狭い小路であった。

すずらん通り・さんや食堂
▲2003.11

西隣に建つ「秋田市料亭会館」の一階に「定食」の置き看板と、オレンジ色の日除けテントが見える串揚げ専門店「あげや」。当ビル内にかつて、料亭(料理屋)に川反芸妓(芸者)を手配する「秋田検番」が存在した。これが「秋田市料亭会館」の由来。

「すずらん通り」の由来、「あげや」と「秋田検番」については巻末の関連リンク先を参照のこと。

すずらん通り・さんや食堂
▲2004.01 

すずらん通り・さんや食堂
▲2004.09

すずらん通り・さんや食堂
▲2008.05

平成18(2006)年頃「秋田市料亭会館」の看板が下ろされ「あげや」跡に、仙台の風俗情報提供会社が経営する無料案内所が入居。

すずらん通り・さんや食堂
▲2008.05

すずらん通り・さんや食堂
▲2008.01

昼夜を通して営業していた「さんや食堂」も、晩年は昼のみの短時間営業となり、やがて閉店状態が続くが、平成22(2010)年、店名を「彌ひら」と改めてリニューアルオープン。

すずらん通り・さんや食堂
▲2010.09

この新店名も旧店名と同様に創業者の姓名の一部をあしらったもの。

リニューアル後、約10年ぶりに肉鍋を食べたが、先代の料理とは味も見た目も別物となっていた。

平成26(2014)年11月頃「彌ひら」(旧さんや食堂)閉店。「さんや食堂」の開業から数えて70年弱の歴史に幕を下ろし、平成29(2017)年11月解体される。

すずらん通り・さんや食堂
▲2017.11

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 08:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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薬局二階の喫茶店コンパル

中央薬局
↑「中央薬局」南通り本店 2014.03

 秋田市南通亀の町「中央薬局」南通り本店が平成29(2017)年5月末に閉店(勝平店、将軍野店は継続)。

画像右手(西隣)に平成28(2016)年6月に廃業したジーンズ・ショップ「ドン」。「中央薬局」の後方、紺色の日除けテントがある出入口を上がった二階に、かつて純喫茶「コンパル」があった。

純喫茶コンパル
↑ 昭和43(1968)年1月 新聞広告

メニューにトルコライスがある、オール100円のランチ。中華そば一杯が100円から120円の時代なので、それほど安いわけではない。

その店名は名古屋の老舗喫茶店「コンパル」にあやかったものだろう。

レストラン コンパル
↑ 昭和43(1968)年3月 新聞広告

当初は三階にレストラン、二階を純喫茶として開業するが、のちにレストランは二階に統合され、三階は雀荘となる。

純喫茶コンパル

70年代末から80年代前半にかけて、同じ南通りの一番町にあった「留り木」か「コンパル」で夕食をとることが多かったが、ご無沙汰しているうちに、いつの間にか閉店していた。

中央薬局跡
↑「中央薬局」南通り本店跡 2017.12

「中央薬局」の跡は時間貸駐車場、隣接していたジーンズ・ショップ「ドン」跡には新興宗教の会館が建ち、この一年で周辺の景観は大きく変容した。


↑「中央薬局」南通り本店跡

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 08:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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