二〇世紀ひみつ基地

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薄型店舗「プラタビル」山王大通り 1970

昭和45年(1970)秋田市大町二丁目「日銀秋田支店」南側、山王大通りに沿った長方形の土地に「プラタビル」竣工。

奥行き2メートルに満たないほどの超薄型ビルであった。

プラタビル
昭和45年11月 新聞広告

まだ二丁目小路(現・山王大通り)の拡幅工事は終わらず、「山王大通り」と命名される前のため「秋田市中央大通りに…」となっている。

近くの秋田市茶町に創業した老舗「三傳商事」が、ナショナル家電を販売する「三傳バザール」を一階に開業。二階は喫茶店「コーヒー・プラタ」。西隣の角地にバイク販売店「モトショップ・ヒラタ(平田自動車販売)」 。向かいには倒産した「山一証券秋田支店」があった。

ちなみに、当時の20形カラーテレビの定価は15万~18万円ほど。公務員の初任給が3万6千円ほどの時代だから、かなりの高額商品である。

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関連リンク
moto works HIRATA 平田自動車販売株式会社

喫茶プラタ
昭和46年 新聞広告

あまりにも狭すぎたこともあってか「三傳バザール」は数年で閉店。その後、一階に名刺・同人誌印刷などを業務とする「プリントショップ・オオガタ」(能代市「大潟印刷」出店)と雀荘が入居。

プリントショップが撤退した跡に、同じ並びの西側から「靴の病院フジイ」が移転する。

 山王大通り
2013.06「プラタビル」跡

昭和43年(1968)激増する交通量に対応するため、二丁目橋から山王十字路間の拡幅工事が始まる。

幅12メートルの二丁目小路(現・山王大通り)北側の土地・建物を買収し、車道幅36メートルに拡幅、四ヶ所(現在は三カ所)に地下道を付設した。

拡幅工事により「日銀秋田支店」横から「當福寺」前まで生じた半端な土地に、薄型の建物が建ちならぶ。

最も奥行きが浅かったと思われる「プラタビル」や、その西隣の「モトショップ・ヒラタ(平田自動車販売)」のように、すでに空き地となった場所もあるが、下掲画像のように、今も数棟の薄型建造物が残っている。

山王大通り
2012.06

「プラタビル」から移転した「靴の病院フジイ」。

山王大通り
2012.06

「靴の病院フジイ」の西隣、「ハンドメイドジュエリー LUCE」。かつては一階にブティック、二階にスナックが入っていた。

関連リンク
LUCE(ルーチェ)


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「プラタビル」跡

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