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秋田市大町の老舗宝飾店跡にセブン-イレブン建設中


2013.03.01

通町(とおりまち)から大町通りに抜ける丁字路で、コンビニエンスストア「セブン-イレブン 通町店」の建設工事が始まっている。当物件を含め、秋田市内5店舗が3月末の同時オープンを目指して只今工事中。

どうやら、通町に面した「竹半駐車場」が「セブン-イレブン」の駐車場となり、入口が通町に向くため「大町店」ではなく「通町店」と命名したようだ。

関連リンク
店舗検索|セブン-イレブン~近くて便利~


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セブン-イレブン通町店(「竹谷金正堂」跡)



角地の「竹半駐車場」は、南隣の「サンパティオ大町」で営業する「竹半スポーツ」の旧店舗があった場所。

そして、「セブン-イレブン」店舗建設中の土地が、平成23年(2011)に店を畳んだ老舗宝飾店「竹谷金正堂」(竹谷徳之助)跡地。


明治41年

廃業した「竹谷金正堂」(竹谷徳之助)の本家は、川反二丁目の「金光堂」(竹谷金之助)。現在は「竹谷本店」の名で、広小路と秋田ステーションビル「トピコ」で営業する同店は、天保元年創業(1830)という、言わずと知れた老舗中の老舗。広告の受賞歴にはパリ万博の名も見える。

関連リンク
株式会社 竹谷本店 ホームページ 秋田銀線細工のお店


大正2年

藩政時代は主に県内産原料を加工し、刀剣の鍔(つば)を初めとする刀装具などが、久保田藩お抱えの鐔工(たんこう)「秋田正阿弥」一派により製作されていたが明治維新で衰退。
しょうあみ【正阿弥】
鐔工(たんこう)の一派。また、その製作した鐔(つば)の称。初期のものを古正阿弥といい、室町末期に起こる。鉄地に金象嵌(きんぞうがん)を施し、一般に武骨なものが多い。京・伊予・阿波・会津・庄内・秋田など各地に分派が生じた。元禄頃の京正阿弥の政徳(まさのり)は有名。
広辞苑 第六版 (C)2008

明治晩期から大正にかけて竹谷金之助ら、名工の尽力により優秀な職人を数多く輩出、販路を県外へ広げて秋田金工の名声を博し、金銀細工は秋田市の重要産品となる。

大正初期における秋田市内の金銀細工製造戸数は大小あわせて約40戸、最盛期の職人数約150人。

大正10年度「金銀細工商」納税額トップ4
渋谷金治 川反三丁目
竹谷金之助 川反二丁目(現・竹谷本店)
竹谷徳之助 大町一丁目
升谷長吉 上肴町(現・仏壇の升谷)

すべての名字に「谷」があるのが興味深い。偶然にしては出来すぎ。

明治から大正にかけての全盛期に盛んに造られたのが、繊細にして華やかな簪(かんざし)。婚礼で花嫁の髪を飾ることが多かったため「秋田花嫁簪」とも称された。下記関連リンク先に「秋田花嫁簪」および「秋田正阿弥」の画像あり。

時代が下って簪(かんざし)の需要はほとんどなくなったが、その製作でつちかわれた技術が「秋田銀線細工」として今に伝えられている。

関連リンク
秋田花嫁簪10組 : なんでも鑑定団お宝情報局2
テレ東「開運!なんでも鑑定団」で鑑定された秋田花嫁簪

秋田正阿弥献上鍔 - 半死の白頭翁の愚痴話
唐草文図鐔 正阿弥伝兵衛 Denbei AkitaShoami Tsuba - 鐔鑑賞記 by Zenzai
秋田正阿弥 藻貝散し図 鉄地 丸形
日本美術刀剣保存協会秋田県支部 木賊図透鐔 無銘 秋田正阿弥


大町一丁目「竹谷金正堂」(竹谷徳之助)大正中期


昭和33年(1958)2月14日『秋田魁新報』バレンタイン企画広告の一部

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二〇世紀ひみつ基地 広告で見るバレンタインデー『秋田魁新報』編

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2013.03.06 追記


2013.03.06


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