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明徳館から「エリアなかいち」まで・根小屋町の220余年

▼秋田県「教育の中枢」東根小屋町

東国において「山上に城のある城下町」を意味する「根小屋・ねごや」という地名が付けられた東根小屋町の一画、藩の馬場・馬小屋ならびに佐竹家臣の屋敷数軒を取り払った跡に、寛政2年(1790)藩士のための学校「学館」落成。

校名を「明道館」次いで「明徳館」と改称、儒学を中心に医学館、和学方、武芸所(槍・刀・居合・柔術・弓術・軍学)を併設、明治始めまで存続した。


「明徳館」明治27年刊『小学教科秋田県史話』より


明治元年「秋田城郭市内全図」より
点線で囲まれた区画に記された「師範学校」「裁判所」は明治元年以降に創設された施設。

明治3年(1870)「明徳館」を「藩学校」と改称。
明治4年(1871)廃藩置県にともない「藩学校」を「県学校」と改称。
明治5年(1872)8月、学制発足により「県学校」廃校。
明治5年(1872)10月「秋田県庁」を旧城(現・千秋公園本丸)から旧「明徳館」に移設。
明治6年(1873)「秋田県庁」(旧・明徳館)焼失


▼火に呪われた師範学校時代

明治7年(1874)「秋田県庁」(旧・明徳館)跡に、教員養成を目的とした「伝習学校」および「洋学校」を合併した「太平学校」を新築開校。以降、学校制度の変更に合わせて、校名をめまぐるしく変える。


「太平学校」初代校舎

明治10年(1877)「太平学校」焼失
明治11年(1878)3月「太平学校」再築。


「太平学校」再築校舎

明治11年(1878)4月「太平学校」を「秋田県師範学校」と改称。
明治11年(1878)12月「秋田県師範学校」を「秋田師範学校」と改称。

明治14年(1881)「秋田師範学校」焼失
明治16年(1883)「秋田師範学校」新校舎落成。


「秋田師範学校」新校舎

明治19年(1886)「秋田師範学校」を「秋田県尋常師範学校」と改称。
明治31年(1898)「秋田県尋常師範学校」を再び「秋田県師範学校」と改称。

明治40年(1907)12月「秋田県師範学校」全焼

明治42年(1909)4月、女子部を独立させ「秋田県女子師範学校」を創設、通称「女子師範」。「秋田県師範学校」は男子校に。
明治42年(1909)9月、秋田市手形字深田(現・手形学園町、秋大キャンパスの一部)に「秋田県師範学校」を新築移転。(この手形新校舎も火災に遭い、昭和4年、保戸野原の町、現「秋大附属小・中学校」の地に移転)

東根小屋町の「秋田県師範学校」跡地は「秋田県女子師範学校」の校地となる。


▼「秋田県女子師範学校」校舎の時代


「秋田県女子師範学校」大正初期撮影

明治42年(1909)4月「秋田県女子師範学校」開校。

昭和18年(1943)「秋田県師範学校」および「秋田県女子師範学校」を統合し、官立「秋田師範学校」創立。旧「秋田県女子師範学校」校舎に女子部を設置。

昭和24年(1949)「秋田師範学校」「秋田青年師範学校」「秋田鉱山専門学校」を統合、新制「秋田大学」発足。

まだ新校舎を建設する余裕もない復興期、旧「秋田師範学校」男子部(保戸野原の町、現「秋大附属小・中学校」の地)に学芸学部(本部)を、旧「秋田師範学校」女子部(東根小屋町)に学芸学部教育部を設置。この時代、学生たちは時間割に合わせて各校舎を行き来することになる。

昭和38年(1963)手形キャンパスに「学芸学部本館」「音楽棟」「体育館」竣工。東根小屋町および保戸野からの移転を完了。昭和42年、学芸学部を教育学部に改称。

昭和39年(1964)、空き家となった東根小屋町の旧「秋田大学学芸学部教育部」校舎に、「県立秋田高等学校定時制課程」から独立した「県立秋田東高等学校」(現・県立秋田明徳館高等学校定時制課程)が入り、昭和42年(1967)まで使用。

昭和41年(1966)1月「市立山王中学校」焼失。市内4カ所での分散授業を開始。翌年の新校舎完成までの期間「県立秋田東高等学校」を仮教室として、二年生16学級が授業を受ける。

昭和42年(1967)3月、中通六丁目に「県立秋田東高等学校」新校舎完成、移転。

各学校の詳細は下記リンク先に。

関連リンク
秋田師範学校 - Wikipedia
秋田大学 - Wikipedia
秋田県立秋田明徳館高等学校 - Wikipedia


▼昭和36年「婦人会館・児童会館・福祉会館」オープン

秋田国体が開催された昭和36年(1961)10月、「秋田大学・学芸学部教育部」北側に「秋田県婦人会館」オープン。三階建てのビル内に「県児童会館」「県福祉会館」が同居。「児童会館」は現「秋田県民会館」の場所から移転、その他は新設された施設であった。

昭和55年(1980)4月「県児童会館」山王の現在地に移転オープン。
昭和61年(1986)8月「県社会福祉会館」旭北栄町に竣工。
平成元年(1989)11月、中通二丁目にオープンした「秋田総合生活文化会館アトリオン」6階に「婦人会館」入居。


▼秋田赤十字病院の30年間、そして空洞化

昭和43年(1968)「県立秋田東高等学校」跡地に「秋田赤十字病院」新築移転。中央通り側にはビルが建ちならび始める。


第三代「秋田赤十字病院」左手(西側)に「血液センター」

昭和49年(1974)「県婦人会館」西隣角地の「秋田市保健所」跡に、交通事故被害者の救命を目的とした「秋田県交通災害センター」オープン。仲小路を隔てた「秋田赤十字病院」三階部分と渡り廊下で結ぶ。


「秋田県交通災害センター」中通一丁目

「秋田市保健所」は「県婦人会館」の向かい、道路を隔てた東側に移転。平成11年(1999)八橋の現在地に移る。平成17年「秋田市保健所」跡地に秋田県教育・福祉複合施設「明徳館ビル」(県立秋田明徳館高等学校)竣工。

平成10年(1998)「秋田赤十字病院」秋田市上北手に新築移転。職員ならびに来院者を主なターゲットとしていた近隣の商店・飲食店は大きな打撃を受け、市街地の空洞化が顕著となる。

日赤・婦人会館跡地に「キャッスルホテル」を含めた再開発計画が立てられるが、景気の低迷も影響して実現は先送りとなり、跡地はイベント広場として利用される。

平成13年(2001)8月、20日間にわたって県内で開催されたスポーツ国際大会「ワールドゲームズ秋田大会」に合わせて、砕石を敷いて整備した日赤・婦人会館跡地に「ワールドゲームズプラザ」オープン。世界各地からの選手もまざって、連日のにぎわいをみせた。


ワールドゲームズプラザ・於日赤・婦人会館跡地


秋田大会公式キャラ「ナミー&ハギー」ワールドゲームズプラザにて

関連記事
二〇世紀ひみつ基地 秋田の元祖ゆるキャラ「ナミー&ハギー」

関連リンク
2001年 秋田大会(第6回)| 特定非営利活動法人 日本ワールドゲームズ協会

再開発地にはホテルのある複合商業施設を建設、「キャッスルホテル」跡地に駐車場を造る計画だったが、先の見えない再開発にしびれを切らした「キャッスルホテル」は計画から離脱、平成23年(2011)全館リニューアル・オープンする。


2010.05 中通一丁目 中央通り

平成24年(2012)7月、日赤・婦人会館跡地、中通一丁目再開発地区に、当初の計画より床面積を大幅に縮小して「エリアなかいち」オープン。

平成24年(2012)9月、旧「三光堂書店」をはじめとするビルが並んでいた中央通り側にマンション「セントラルアベニュー中通」(エリアなかいち住宅棟)竣工。


2012.10 中通一丁目 中央通り

関連リンク
Central Avenue 中通【公式】エリアなかいち 秋田市中通1丁目新築分譲マンション


▼附録1「秋田県女子師範学校」校舎変遷・明治から昭和まで


「秋田県女子師範学校」大正初期撮影 校門は現・中央通り側

明治42年(1909)4月「秋田県女子師範学校」開校
昭和18年(1943)官立「秋田師範学校」女子部
昭和24年(1949)新制「秋田大学」学芸学部教育部
昭和39年(1964)定時制高校「県立秋田東高等学校」
昭和41年(1966)焼失した「市立山王中学校」の仮教室を「県立秋田東高等学校」内に置く
昭和42年(1967)「県立秋田東高等学校」移転、校舎解体


▼附録2「明徳館」跡地・変遷レイヤー・明治から平成まで



ベース・明治42年(1909)開校「秋田県女子師範学校」配置図(藩校「明徳館」跡地)

緑・昭和36年(1961)〜平成元年(1989)「県婦人会館」
赤・昭和43年(1968)〜平成10年(1998)「秋田赤十字病院」「血液センター」
青・昭和49年(1974)「秋田市保健所」跡に「秋田県交通災害センター」オープン
黄・昭和44年(1969)頃、新設道路「仲小路」秋田駅前から「産業会館」脇まで貫通。

平成24年(2012)竣工「エリアなかいち」内建造物配置図


大きな地図で見る

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