二〇世紀ひみつ基地

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ヒロポンはいかが?疲労が吹っ飛びますぜ

二〇世紀ひみつ基地」における先週分の検索キーワードランキングは「ヒロポン」が断然のトップ。

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二〇世紀ひみつ基地 覚醒剤「ヒロポン」の時代

8月17日19:00過ぎから検索キーワード「ヒロポン」でアクセスするビジターが急上昇、翌18日の総アクセス数は平常時の約10倍の6,000を超えた。

ジオターゲティング 2012.08.18取得
アクセスポイント比率は7日間の平均

急激なアクセスアップの原因はTBSテレビ系の情報番組だが、秋田はケーブルテレビを除いてTBSをネットしていないTBS僻地。そのため今回は秋田からのアクセス比率は極端に低い。
正司歌江ヤク漬けの10代を衝撃告白「死にかけた」
デイリースポーツ 8月17日(金)20時14分配信

12歳から20歳過ぎまで、覚醒剤漬けの日々を送ったことを告白した正司歌江

 姉妹音曲漫才トリオ「かしまし娘」として一世を風靡したタレント・正司歌江(83)が17日に放送されたTBS系「爆報!THEフライデー」の中で、12歳から20歳過ぎまで覚醒(せい)剤漬けの日々を送り「死にかけた」ことを衝撃告白した。

 母が旅役者だった歌江は3歳で初舞台を踏み、12歳の時、5歳下の妹・照江と組んだ姉妹コンビで「天才少女漫才師」ともてはやされる。人気者となり、軍事関係の工場などに慰問に行くようになり、生活は多忙を極めた。ヒロポン(覚醒剤)に手を出したのはそのころだった。

 ヒロポンは、「疲れをとる」などとうたわれ、薬局などで簡単に手に入る薬物だった。歌江は「12歳から20歳過ぎまで、覚醒剤をやってました。一本じゃ足りない、ニ本じゃ足りない…しまいには百本打っても(足りない)…ってなって。私、死にかけたんですよ。(覚醒剤)打ちすぎて」と衝撃告白した。

 ヒロポン中毒になった歌江は、虫がうじゃうじゃとわいて出てくるという、覚醒剤中毒の幻覚や幻聴に悩まされた。19歳の時には芸人仲間との間にできた子供を出産。出産後には再びヒロポンに手を出し、父親からは勘当され、妹・照枝からも愛想をつかされた。しかし、21歳の時、照枝が現れ、ヒロポンと一通の手紙を渡される。

 手紙には「いつかまた昔のお姉ちゃんに戻ってほしいねん」と書かれていた。その手紙を読み、「このヒロポンは打ったらあかん。ヒロポンは絶対やめなあかん」と心に誓ったという。「覚醒剤ってのは、人を殺すのも怖くなくなる。二度と昔の生活には戻りたくない」と廃人同様になった荒れた生活を振り返っていた。

 薬物を断って6年後、歌江は、妹の照枝、花江とともに「かしまし娘」を結成。女性漫才師としての成功を手にした。
歌江師匠のヒロポン中毒のエピソードは、過去にマスメディアで何度か語られているが、ヒロポン=覚醒剤が薬局で簡単に買えたことや、芸能人の多くがヒロポンを使っていた時代があったことを知らない世代にとっては、よほど衝撃的な内容だったのだろう。


映画「大阪の女」かしまし娘

昭和33年、大映・東京撮影所製作「大阪の女」より、かしまし娘の名人芸。三味線を弾いているのが長女の歌江師匠。冒頭のちんどん屋の女は、黒澤明の『羅生門』に主演して名を揚げた大映の看板女優・京マチ子。

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正司歌江ヤク漬けの10代を衝撃告白「死にかけた」 (デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース

かしまし娘 - Wikipedia

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