高堂酒店・造り酒屋

高堂酒店 川反一丁目
切妻屋根の下に太い梁首を突きだし、屋根の笠木も張り出した秋田の典型的町家。
かつては夕方になれば仕事帰りに盛切(もっきり)をあおる客(近くの魁社員が多かった)で賑わっていた。
万延元年(1860)、高堂兵右衛門が久保田町川端(現・川反)一丁目に創業した造り酒屋。明治八年、灘より杜氏を招き新技術を導入するなど醸造技術の改良と酒質の向上に努めた。清酒品評会で優等賞をはじめとして数々の賞に輝いた「程よし」の他に、白酒、味醂、生醤油も製造、販路は市内をはじめ、県内各地の鉱山、北海道、関東にもおよんだ。醸造部は昭和十九年、国の企業整備令により廃業、秋田酒類製造株式会社(高清水)に株主構成員として統合される。

「程よし」看板
平成九年秋、高堂酒店の裏に「あくらフォー・スクエア」誕生。

ビール醸造所、二階「ビアカフェあくら」

ビアレストラン「プラッツ」
高堂屋酒店の文庫蔵を改修して、ビアレストランとして再生させた。
青空に映える白壁と破風のカーブが美しいが、空調設備の導入は内部を乾燥させ蔵の寿命を縮めることになったという。この蔵の裏(川反通り)の米倉も改修され、ジャズスポット「ロンド」が入居しているが、どちらも俵屋火事(明治十九年)の翌年の建築という。
地ビールの「あくら」
http://www.aqula.co.jp/index.html
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