二〇世紀ひみつ基地

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約束の花の落ちるとき・旧相互銀行本店

◆銀行の稲荷神社の由来

  
2007.04


2008.05

土手長町通りに面する「北都銀行別館」の庭園に祀られている赤い鳥居の稲荷神社。会社や工場の構内に神社が存在すること自体はさして珍しくないが、これが銀行となると非常に少ない。

秋田市中通五丁目(旧・土手長町末丁)界隈には、かつて多くの医院が軒を連ねていた。北都銀行別館の建つこの地にも、明治から大正時代にかけて内科医院が存在し、今に続く稲荷神社はその家を守る屋敷神であったが、終戦後同家は秋田を離れることに。跡地を銀行に売り渡すに際して同家は、いくつかの要望を提示。そのひとつが、この稲荷神社を守り祭祀を継続することであった。


秋田相互銀行本店

昭和26年(1951)、秋田相互銀行本店を土手長町末丁に新築移転。


北都銀行別館(旧・秋田相互銀行本店)2011.05

昭和57年(1982)、通りに対して斜めに配置したユニークな設計の新本店ビル落成。

平成元年(1989)、普通銀行化にともない、秋田あけぼの銀行と改称。
平成5年(1993)、羽後銀行と合併し北都銀行と商号を変更。秋田あけぼの銀行本店(旧・秋田相互銀行本店)は北都銀行別館となる。
平成21年(2009)、荘内銀行と経営統合、持株会社としてフィデアホールディングス株式会社を設立。

土手長町末丁に相互銀行本店が移転して以降、経営母体が変わっても、前地権者との約束通り、毎年5月には役員が参加して稲荷神社の祭事が執り行われてきた。


◆約束の花の名は・・・

そしてもうひとつ、前地権者からのつよい要望により残されたのが、医院の庭を造園した当時「秋田市に一本しかない珍木」といわれ、御主人がこよなく愛したというクロフネツツジ。







和名・クロフネツツジ(黒船躑躅)
英名・Royal azalea(ロイヤル・アザレア)
分布・中国北部、朝鮮半島、シベリア

江戸前期に朝鮮から黒船に乗って渡来したという大輪のツツジ。いかつい和名とは裏腹に、気品ある薄桃色の花は「ツツジの女王」と称される。他のツツジ種にさきがけて開花し、秋田市ではゴールデンウィークの前後に見頃となる。

新本店ビルを建てたとき、クロフネツツジは東側(旧店舗裏手)から、少庭園が整備された西側に移植された。


北都銀行前バス停 2007.05

緑に囲まれた銀行敷地内のバス待合室。その裏手にクロフネツツジの薄桃色がチラリと見える。手前の黄色はヤマブキの花。

昭和58年(1983)、庭園の緑と調和した近代的ビルは、秋田市役所が企画した、第一回「都市景観賞」(昭和57年度)を受賞。

平成23年(2011)早春、「北都銀行別館」から「ほくと相談プラザ」転出。貸ビル「北都ビルディング」への改装工事にともない、庭園の西側で駐車スペースの造成が始まり、クロフネツツジを含む樹木群が忽然と消滅。


2011.05


2011.05


2011.05


庭園より西側を望む 2007.05


庭園より西側を望む 2011.05

平成23年(2011)6月、「北都ビルディング」(旧北都銀行別館)に「日本政策金融公庫・国民生活事業」入居。


見納め花 2010.05

今にして思えば、見納めとなった昨春のクロフネツツジは、自らの運命を悟ったかのように、例年になく沢山の花を咲かせて、その終焉をあでやかに装っていた。


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