二〇世紀ひみつ基地

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香り高き香煎・郷愁のスローフード



煎った玄米を石臼で粉砕した香煎(こうせん)。子どものころ、これに砂糖を加えておやつとしてよく食べた。厚紙やハガキを折ったものをスプーン代わりにしてサラサラと口に流しこむと、こうばしい香りが口中に広がる。

香煎は少しの息で飛び散るため、強く吸いこんだりするとむせてしまうので注意しなければならないのだが、口にいれた瞬間に笑わせて、相手をむせさせるいたずらが香煎を食べるときの定番だった。

原料は米だけではなく、地方によっては大麦を煎って香煎にする。これを関東では「麦こがし」、関西では「はったい(漢字は「麥偏」に「少」)」と称し、粉食のほかにお湯でこねて“そばがき”のようにして食べ、水飴を加えて練り上げて固めて「香煎棒」または「げんこつ」と呼ばれる駄菓子も造られる。

麦よりも米のほうが身近にあった秋田では、香煎はもっぱら玄米やうるち米を原料としたもので、地域によってはそれに黒豆や大豆、胡麻などをミックスし、香煎にしたものに砂糖を加えておやつとして食べたり、お湯に浮かべて飲んだものという。

戦前まで県内寺院の一部では旧正月の年始回りに香煎を配る習慣があった。前年に檀家から納入された打飯米(たはんまい=農家が菩提寺への報謝のしるしとして納めた米)の一部を香煎に加工し、和紙に包んで自家製のナンバン(唐辛子)粉などとともに返礼の意味を込めて配っていた。



上図は大正の中頃まで駄菓子屋で売られていた香煎の想像図。その紙袋には能代凧の「ベラボー」などが刷られ、経木のような薄い木製のサジが付いていたという。香煎を“舐める”という意味で舌を出した「ベラボー」を紙袋に配したものだろうか。


畠山製粉所・旧店舗 2003.06

現在も玄米香煎を製造しているのが、和菓子原料を製造する畠山製粉所。数十年前に需要が途絶えたため製造を中止するつもりだったが、県内に長年これを主食としているという人物がいて、それならば止めるわけにはいかないと、細々と造りつづけて現在に到ったとのこと。



市内の小さな菓子店、通町の「せきや」などでたまに見かける玄米香煎のパッケージ。食べる前に軽く煎りなおすかレンジで加熱してから砂糖をまぜると、いっそうこうばしくなる。畠山製粉所は数年前に旭南から川尻大川町に移転したが、パッケージはまだ旧住所のままだ。

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