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僕らの奇妙な宇宙船・金照寺山に謎の塔


2007.04

数年前の春先、金照寺山の「三十三観音」が並ぶ山道を歩いていたとき、民家裏手の笹藪のなかに建つ、奇妙なカタチをした物体に目が釘付けになった。その瞬間、この場所で遊んだ遠い日の記憶が少しずつ蘇りはじめた。

今は薄汚れて頭頂の金属部分は朽ち果て、内部のコンクリート骨格があらわになっているが、かつては白いドームと金色に輝くアンテナを備えて、山間の空き地に場違いのように存在した奇妙な物体を僕らは「宇宙船」と呼び、「四時までに宇宙船前に集合」などと、この地のランドマークにしていた。それが建立されたのは昭和29年(1954)のこと。


金照寺山に仏舎利塔
平和の願いをこめて
仏教代表迎え奉安地鎮祭行わる


仏教を通じて世界平和を!とインド、セイロンの仏教代表団は秋田市に贈る仏舎利(おしゃか様のお骨)を捧持して五月十五日来秋、十六日市役所訪問ののち午後一時から金照寺山で奉納式典が厳かに行われた。
仏舎利奉安地鎮祭は宝塔前に祭だんがもうけられ、各地から参加した二百余名の信者の声高らかに読経の中にデパプリヤ氏(インド代表)から藤井日達氏(日本代表)を通じて藤田渓山氏(土崎)に仏舎利が渡され安置された。
続いてインド・セイロン代表の読経、日本側の奉請の後知事代理、市長の平和を願う祝詞がのべられて三時半地鎮祭を終了した。
なおこれを機会に仏舎利塔を金照寺山に建て仏教信徒のメッカとして平和への願望を永久に伝えることになり、塔の高さは八十尺、直径二十間で工費は約一千万円とみられ、秋田仏舎利世話人会が具体案をねることになっている(写真は金照寺山の仮宝塔と祝辞のべる武塙市長)
『広報あきた』昭和29年6月『広報あきた』第60号より
記事にあるように、この仏舎利塔(宝塔)は仮設のものであり、いずれは高さ25メートルほどの本格的な大宝塔を山地内に建立する計画であった。昭和28年の『広報あきた』によれば、七つ森を大宝塔の建立地とする申請があり、秋田市公園審議会が現地調査した結果、市街の展望が妨げられることと頂上が狭いため、隣接した富士見台の市有地を候補地に選定したとある。

記事中に「各地から参加した二百余名の信者」とあるのは、大正時代に藤井日達(1885-1985)によって開かれた日蓮宗系の新興教団「日本山妙法寺」の出家修行者であり、「秋田仏舎利世話人会」は、金照寺山の八幡坂を登った場所に堂宇がある「日本山妙法寺秋田道場」を本拠としていた。


日本山妙法寺秋田道場

妻帯せず、檀家も持たない日本山妙法寺の出家修行者たちは、平和行脚(あんぎゃ)と称するデモンストレーションを中心に活動、黄色の袈裟姿で団扇太鼓を叩きながら題目を唱えて歩き、そのスタイルで各地のデモ行進や座り込みにも参加する。左翼団体と行動を共にすることも多く、仏教左翼などともいわれている。

平和祈願のため日本国内外に「世界平和塔」と称する仏舎利塔を建立。成田空港建設反対運動に加わっていた昭和42年(1967)、新東京国際空港の滑走路建設予定地に「三里塚平和塔」を建てるが、後に「空港の軍事利用を行わない」との取極め書を交わし撤去。

近年の平和行脚活動を少し挙げると、沖縄の米空軍基地前で基地撤去を求めて座り込み、警察車両の通行を妨げたとして公務執行妨害の容疑で逮捕。自衛隊駐屯地や基地にスピーカーを向け、隊員に「別の職業に就きなさい」と連呼する。中国への謝罪行脚の際、抗日戦争記念館にて日本兵の侵略行為に対する謝罪の叩頭(ひざまずき頭で地面をたたく礼拝)を繰り返す。など、平和活動は結構だが、なんとも理解しがたい行動も少なくはない。

昭和40年代初頭、秋田市が泉字五庵山(通称・天徳寺山)の丘陵地に公営墓地「平和公園」を開設し、その中央広場に、世界の恒久平和を祈念した平和塔(大宝塔)を建設。それに先立つ地鎮祭には、日本山妙法寺の開祖・藤井日達も参加し、建設費として金10万円を寄贈。昭和42年9月、県民からの寄付金をもとに総工費 3.500万円、高さ25.2メートルの平和塔が完成する。


平和公園・平和塔 09.11

もともとは日本山妙法寺が単独、もしくは中心となって建立する計画であった世界平和塔(大宝塔)が、県民の寄付金をもとにした公共の平和塔に変更された要因に、過激化する日本山妙法寺の活動があり、それを懸念する意見や教団による建設に反対する声が挙がったのかもしれない。

見方を変えれば、新興教団のシンボルである平和塔を建設するための土地および資金を、秋田市がご丁寧にも調達して差し上げた結果ともいえる。いうまでもなく、平和塔建立のために浄罪を寄せた人々の大半は、その実態を知らなかったのだから、「平和」という甘い言葉で金を集めた詐欺行為といえなくもない。

日本山妙法寺の「各地の仏舎利塔」を紹介するサイトには、まるで自らの手で建立したかのように秋田の平和塔も掲載されている。

秋田 - 日本山妙法寺と藤井日達聖人:各地の佛舎利塔

平和を名目にして大金をつぎこんだ、このような大仰な宗教的建造物が、はたしてどれほどの意味を持ち、世の平和にむすびつくものだろうか。信者にとっては価値があるものなのだろうが、部外者から見れば、ナンセンス極まりない大いなる虚像である。

いずれにしろ、その建立に至る経緯を知ってしまうと、平和塔を目にするたびにどうしても日本山妙法寺の影がちらつき、不愉快な気持ちになってしまう。

今は金照寺山の笹藪に埋もれて朽ち果て、人々から忘れ去られた、僕らが「宇宙船」と呼でいた奇妙な物体こそ、秋田市街を見下ろす平和公園のシンボルとなっている、あの奇妙キテレツな平和塔の雛形であったのだ。

_________

日本山妙法寺大僧伽 - Wikipedia

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| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 21:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

>平和を名目にして大金をつぎこんだ、このような大仰な宗
>教的建造物が、はたしてどれほどの意味を持ち、世の平和
>にむすびつくものだろうか。信者にとっては価値があるも
>のなのだろうが、部外者から見れば、ナンセンス極まりな
>い大いなる虚像である。

川反たぬきさん、今晩は。 今まで実態を知らなかった私ですが ↑ まったく同感です。 決して全ての宗教その物を否定する意味ではありませんが。

| 洋 | 2010/10/14 20:16 | URL |

いつも大変興味深い記事をありがとうございます。

この「奇妙な宇宙船」を見てみたくて、先日始めて金照寺山を歩いてみましたが、とうとう見つけることができませんでした。

場所はどのあたりでしょうか?
それとも既に撤去されてしまったのでしょうか?

| 桃太郎 | 2011/05/17 22:17 | URL |

> この「奇妙な宇宙船」を見てみたくて、先日始めて金照寺山を歩いてみましたが、とうとう見つけることができませんでした。
>
> 場所はどのあたりでしょうか?
> それとも既に撤去されてしまったのでしょうか?

しばらく行ってないので撤去された可能性もありますが、その確率は低いと思います。

旧金照閣前の坂(自動車道)を上って、八幡坂と交わる地点を道なりに右折すると、左手の小道の入口に「三十三番観音」の道順を示す立て札があります。

右手に観音さんが並ぶその小道を進むとフェンスで囲まれた「金照寺無線中継所」(電波塔)があり、さらに進んだ右手に宝塔の残骸が存在します。

地図で示せば、大体このあたり
http://yj.pn/dHpnrG

葉が茂ると確認しづらくなります。他の金照寺山関連の記事も参考にしてください。

| 川端たぬき | 2011/05/18 12:07 | URL |

川端たぬきさま

ご回答ありがとうございました。
昨日さっそくまた金照寺山へ行き
「奇妙な宇宙船」をとうとうこの目で見ることが出来ました。
笹竹が生い茂り、最初は前を通っても気が付きませんでしたが
引き返そうとしてふと横に目をやって発見しました。

前回行った時には、地元の方(60代女性)にも尋ねてみたのですが
全く知らないということでした。
あそこに塔の残骸があることや、当時の事を知る人は
少なくなっているのでしょうね。

| 桃太郎 | 2011/05/20 13:29 | URL |















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