二〇世紀ひみつ基地

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大町は大町でも大町違い


2010.09.18

秋田市大町二丁目のADを通り抜けたら、一階の空き店舗を利用して「秋乃宮博物館収蔵写真 秋田・昔の町並み」と題して、地元の大町通りを中心とした秋田市の古写真をパネル展示していた。

企画は「あきたデザインネットワーク」、資料提供が雄勝町秋の宮温泉郷の「秋乃宮博物館」。展示といってもたった八枚だけで、内容も当ブログで過去に取りあげた写真がほとんど。わざわざ出かけて見るほどのものではないが、困ったことに秋田市以外の写真が紛れこんでいる。それが以下の写真。



原版は昭和初期頃に発行された絵葉書。下部に白抜き文字で「大町通り常設市場」のキャプションと、その下に小さく「羽後本荘北陽堂製」の文字がみえる。

秋田市の常設市場があったのは通町および上・下肴町で、秋田市大町に市場はなかった。秋田市の絵葉書を本荘で出版することはまずありえないことを考えれば、これは当時常設市場が存在した本荘市の「大町通り常設市場」の風景に違いない。

実はこの写真、2008年10月にジュンク堂書店・秋田店で開催された「絵葉書で訪ねる古き秋田展」に展示されていた一枚で、そのとき「秋田市大町通り常設市場」という誤ったキャプションが添えられていたもの。展示会では原寸大と拡大した複製品を販売していた。それを購入した「秋乃宮博物館」がキャプションを真に受けてしまったのではないだろうか。

「絵葉書で訪ねる古き秋田展」を取材した『秋田経済新聞』にも、この写真が「大正時代から昭和初期の秋田市大町通り常設市場の様子」との説明で掲載されていたため、「秋田市大町」ではなく当時常設市場が存在した「本荘市大町通り」の写真と推定するゆえのメールを送った。

そこで『秋田経済新聞』が企画展の主催者(神戸市・絵葉書資料館)に問い合わせたところ、向こうではわざわざ由利本荘市の郷土資料館に確認し、「本荘市大町通り」に間違いないとの回答を得たと後日連絡があった。

パネルの説明に「・・・昔の大町の町並みや秋田の風景をご覧ください」とあるが、その肝心の大町の風景が秋田市ではなく、遠くはなれた本荘市の大町だったという、笑うに笑えない単純ミス。

多くの人の眼に触れる、規模の大きな展示会だったら、すぐに指摘されたに違いなく、当時の秋田市大町を知る人や、地元の歴史に詳しい人がそばにいたら、こんな間違った展示をすることもなかっただろうに・・・・・・。



2010年9月23日追記

一件落着

本日ADを通り抜けた際、例の写真が撤去されているのを確認。若干展示写真も増えていた。

迅速な対処をありがとうございます。
当ブログを見て報告した方がおられたら、この場を借りて感謝します。

_________

関連リンク

「絵葉書で訪ねる古き秋田展」-明治後期からの絵葉書を展示 - 秋田経済新聞

大正時代から昭和初期の秋田市大町通り常設市場の様子-「絵葉書で訪ねる古き秋田展」 - 秋田経済新聞
ページタイトルはそのままだが、写真のキャプションは「本荘・大町通り常設市場」と訂正されている

| 秋田市今昔 | 09:14 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

秋田でのこの手の展示はキャプションがいい加減なのが多いので見ていて歯がゆいです。
展示する側も所有者も勉強不足だと思います。
そういえば15年程前に発行された秋田の鉄道史研究家の手による秋田の古い鉄道写真を集めた本を持ってますが
戦前の赤帯入り三等車と謳われたモノクロ写真はどう見ても昭和50年代の薄緑帯入りグリーン車の写真でした(苦笑)。



| 梶ノ目トランシス | 2010/09/20 13:39 | URL |

不勉強はそのとおりですね。自分もたまに間違ったことも書いているので自戒しなければ。

今回は空き店舗の穴埋めディスプレーという半端な企画ですから致し方のない面もあるとは思いますが、展示場の地元である大町の昔の写真を使った企画で、このようないいかげんな展示がされていることが非常に情けないです。

| 川端たぬき | 2010/09/20 17:07 | URL |















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