二〇世紀ひみつ基地

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三重苦の聖女ヘレン・ケラーの秋田犬

欧米で「Akita」といえば、日本の地方都市の名称である前に「秋田犬」の代名詞。試しに画像検索エンジンで「Akita」を検索すると、まず最初に秋田犬の画像がずらりとならぶ。


Akita - Google 画像検索

一匹の秋田犬がはじめて海を渡った昭和12年(1937)4月、幼いころの病気が原因で眼と耳を患い、光と音を完全に失いながらも、家庭教師アン・サリヴァンによる献身的教育のおかげで奇跡的に障害を克服、社会活動に生涯をささげた、三重苦の聖女ヘレン・ケラーが来日、6月には秋田市を訪れ県記念館において「沈黙と闇を破りて」と題した講演会を開催、会場を埋めた観衆に大きな感動と勇気を与えた。


ヘレン・ケラー

サリヴァン先生とケラー


秋田県立盲唖学校にて

欧米でも広く報道された「忠犬ハチ公」のエピソードを聞きおよんでいたケラーは、秋田に来たからには、どうしても秋田犬を連れて帰りたいと言いだし、同行者たちを困惑させる。それを知った秋田警察署の巡査がプレゼントしたのが、はじめて海外に輸出された秋田犬「神風号」である。



「朝早く眼醒めて見たらこの町の美しい緑が私にはよく分かりました。進歩的な親切な人々のゐる街であるということも私には分かったのでした」・・・・・・、世界の聖女ヘレン・ケラー女史がトムソン嬢を通じて奇跡の講演を試み秋田の印象を県記念館で語った十三日二千余の聴衆はこの苦労を超克して闇の中にあるものに光を与えよと呼びかける聖女を目のあたりに見て感激のたゞ中に涙ぐんだのであったが・・・この聖女と一人の青年巡査との間に明けて十四日国際親善のきくもゆかしい花束が交わされた。ヘレン・ケラー女史はアメリカの自邸に米、英、独、仏四ケの犬をいま飼っているのだが、これはいづれも触感によってその国のアトモスフェイアを知らんとするひとつの方法なのである。女史は県民の熱誠に迎えられこの度来秋、海外にまでその名を知られてゐる秋田犬を一匹ほしいといい出し、通訳の岩橋武夫氏やトムソン嬢が
秋田犬はめったに純粋なのがないそうです、もしあっても本国につれていったら犬が五匹にもなって大変ネ・・・・・・
と再考を促さばこそ、女史は「ぜひ一匹ほしい、日本と米国の人々を結ぶためだ」といっかなきこうともしなかった、そこで岩橋通訳の活躍となったところ「私の純粋秋田犬をあげましょう」と名乗り出たのが秋田署の巡査小笠原一郎君(三〇)である、同君は大館町出身剣道五段錬士という肩書の持主、同君の持っている犬は生後七十五日牡犬「神風」というのである、この話はケラー女史につたえられるや女史はそんなに世界にも有名な犬は只では貰うわけにはゆきませんというし小笠原君は金を貰うつもりなら僕は最初から差上げるなど絶対に言わんとこれまた強硬、結局高橋秋田署長がなかに入って「国際親善のプレゼントに金の話は無用」ということになるらしい、小笠原君に抱かれながら十六日はケラー女史のふところに抱かれてゆくのも知らぬ神風君は赤い舌をぺろぺろ出しては小笠原君にじゃれついていた、同君は「オラ新聞に出るならやんた」と頭をかいてゐたがとうとうキャメラの前に剣道五段氏も処女の如く汗ダクで立たされたものだ、このエピソオドこそ秋田とケラー女史にとって美しいきづなとなるだろう

【小笠原君談】この犬ころはほんものの秋田犬です。国際親善しかもあんなかたにやるのは私としても本望です、この犬ころだって幸福でしょう・・・・・・
(写真は小笠原巡査と仔犬)
昭和十二年六月十五日付『秋田魁新報』より
四匹も犬を飼っているのに、どうしても「秋田犬が欲しい」とだだをこねるケラーと、頑固でシャイな秋田署の小笠原氏をめぐるエピソードが、なんともほほえましい。

このようにして渡米した「神風号」であったが、在米二ヶ月ほどでジステンバーのため息を引き取ってしまう。愛犬を失ったケラーの嘆きはやがて秋田にも伝わり、来日から2年後、ふたたび小笠原氏のもとから贈られたのが「神風号」の兄犬「剣山号」、それから約6年のあいだ彼女にとってかけがえのない伴侶となった秋田犬である。


日米親善の使節として吾が秋田犬が一警官から三重苦聖女ヘレン・ケラー女史の許に贈られ親善佳話を伝えていたがこの神風号は在米僅か二か月にしてヘレン・ケラー女史の許でヂステンバーにかゝりぽっくり死んでしまった、在日本の大きな記念品を失ったヘレン・ケラー女史の嘆きがアドヴァタイザー主筆フライシャー氏から吾が外務省岸秘書官の許にもたらされ更に本県佐々木前知事の所へ伝えられた
‥‥中略‥‥
その後フライシャー氏からもたらされた通信により忘れられぬ秋田犬の思出と女史の切々たる心境を伝え知るに及んで佐々木前知事も日米親善のため又吾が秋田犬の誇りのためとあって再び警察練習所勤務の剣道師範小笠原巡査部長の所へ話し合った、幸い飼育中の剣山号(三歳)が神風の兄にあたるのでこれをケラー女史に贈ることに快諾し近く外務省の指示によって日米親善使節として渡米することになった
‥‥後略‥‥
(写真は剣山号と小笠原氏)
昭和十四年一月十三日付『秋田魁新報』より
「剣山号」が渡米した翌年、小笠原氏のもとに礼状が届く。
剣山号は金色に輝く
 日本の愛の使徒
  ヘレン女史から懐かしい便り
   太平洋の浪荒ぶ時


太平洋の波濤を越え海を渡って三重苦の聖女・ヘレン・ケラー女史に贈られた秋田犬剣山号の話題は国際佳話しとして米国アドバタイザー紙に報じられたが剣山号をめぐる両国親善の書面が十五日ヘレン・ケラー女史から秋田県警察部剣道師範小笠原一郎氏の許に届けられた、欧州動乱の波動から太平洋の波荒れんとするとき国民使節剣山号がもたらす親善の佳話は大きな感動を深めてゐる
‥‥中略‥‥
コネチカットウエストポートに於いて
一九四〇年四月一日
親愛なる小笠原様“剣山号”を私の家に迎えてからもう凡そ一年になります、もっと早く御手紙を差し上げ又美しい彼の写真を御贈りしようと思ったのですが最近まで写真を撮ることが出来なかったのです。
剣山号が相変わらず立派で元気に満ち満ちてゐることは御承知の通りですが実際はまだまだそれ以上です、彼は私の日常生活の一部であります、彼は私が読んだり書いたりしてゐる時陽当たりで金色に耀きながら傍らに座ってゐます、時々立ち上がって如何にも親しそうに私の膝の上に頭を載せかけます、彼はトムソン嬢や私が散歩に連れて出る時が一番幸福です。
当地は冬中深い雪に鎖されてゐました、そして剣山号がその上を転がったり跳ねたりするのを見るのは大変嬉しいことでした、時には丈夫な前足で小川の氷を破って水を飲みそれから雪の中の狐や鹿の足跡を追って行きました、しかし帰って来ると遊んでもらおうといつも鼻や耳や尾でもって私に知らせます。
私はフライシャー氏から貴方が私の為に愛犬を御割愛下さったことを聞いて大へん感動いたしました、そして彼は益々私にとって大切なものとなりました。私は彼のきれいな毛衣や微風にゆれる松の枝のような尾に触れる度毎に貴下に感謝してゐます、私は彼を貴方から贈られた愛犬としてばかりではなく日本国民に対する友情は今尚私の輝かしい記憶に残ってゐますが、同国民からの使者として愛しています、トムソン嬢と共に鄭重なる挨拶と好意とをもって・・・・・・ヘレン・ケラーより
昭和十五年五月十六日付『秋田魁新報』より

ヘレン・ケラーと剣山号(右が礼状に添えられていた写真)
The best and most beautiful things in the world cannot be seen or even touched. They must be felt within the heart.

世界のなかで最も美しいものには、決して見たり触れたりすることはできない。それは心の中で感じられるものである。
ヘレン・ケラー
_________

関連リンク

Akita Dog (Odate Dog) Standard/HELEN KELLER AND AKITAS
AKITA LEARNING CENTER - Northland Akitas

ヘレンケラー物語

ヘレン・ケラー - Wikipedia
アン・サリヴァン - Wikipedia

ヘレン・ケラー神話/マンガの中の聴覚障害者

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| 秋田市今昔 | 21:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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| - | 2009/11/05 23:06 | |

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| - | 2012/02/04 13:05 | |

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| - | 2013/06/14 20:41 | |

小笠原さんが中央支部長時代親しくさせていただきました。

| 青雲号 | 2016/11/03 17:31 | URL |















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