二〇世紀ひみつ基地

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消える昭和・掘端の中華料理店


2003.11

千秋公園の近く、古川掘端通りの掘端に建つ中華料理の名店「萬帝楼」。

少し前に、しばらくの間休業するとの貼り紙が出ていたが、やがてその貼り紙も消え、先日から取り壊しが始まり、更地になってしまった。

昭和46年(1971)の開業というから、40年近くこの場所で営業していたことになる。

閉店の経緯などは下記コメント欄に記載あり。


2009.10 「萬帝楼」跡

正面の新しい建物は、「萬帝楼」の隣りに数ヶ月前にオープンしたハンバーグ&ステーキの店。“穴門の堀” の向こうに和洋女子高校。

商店や民家が建つ掘端は、“穴門の堀”を埋め立てて造成した土地で地盤が弱い。時代をさかのぼれば「古川堀反町」という旧町名が示すように、古川、つまり堀替え前の旭川がこのあたりを南北に流れていて、“穴門の堀”はその古川を利用して造成したものだという。


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萬帝楼 - 今日はどこいく?何食べる?

| 散歩写真・路上観察 | 23:00 | comments:12 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

萬帝楼の思い出とレンゲさん

通りすがりに失礼いたします。

私は幼少の頃、日曜日になると萬帝楼でお昼を食べるのを楽しみにしていた者です。
もう20年も前から、あの店のあんかけ堅焼きそばが大好物でした。

今年の夏の終わり頃、お店を切り盛りしていた奥様が体調を崩し入院されました。
お産以来の入院だったそうです。

そして、3日前の木曜日。
残念ながらお亡くなりになったそうです。

家族で食事に行くと、いつも朗らかにお声をかけてくださった奥様が大好きでした。

今は萬帝楼のお嬢さんであるレンゲさんが、トレードマークの『レンゲ(中華さじ)』を髪飾りに、ダースコちんどん隊で頑張っていらっしゃいます。

お店がなくなってしまったのは残念ですが、これからは奥様ゆずりの朗らかな笑顔を応援し続けたいと思っています。

合掌

| 満天星 | 2009/10/25 14:37 | URL |

ショックです。。

こんばんは。。
このお店は、私の一番大好きな中華料理屋さんでした。
小学校の頃から、ここでチャーハンや中華丼を食べるのが楽しみでした。
本当に残念です。

| 一つ森 | 2009/10/25 16:51 | URL |

Re: 萬帝楼の思い出とレンゲさん

急に店を閉じてしまわれたので、どうしたのかと思っていたら、
そういうことがあったんですか・・・・・・。
ダースコのレンゲさんのニックネームも、そこに由来していたのですね。
お悔やみ申し上げます。

| 川端たぬき | 2009/10/25 17:07 | URL |

Re: ショックです。。

一つ森さんのように、この店が無くなってしまって
残念でさみしく思っている方がたくさんおられると思います。
それにしても、ちょうど店が解体された前後に
建物の命とともに、亡くなられたということが、
偶然なのでしょうけれども哀しいですね。

| 川端たぬき | 2009/10/25 19:59 | URL |

心からお悔やみ申し上げます

PMAの委員長達から泣きながら次々と訃報が入って
きました。僕もショックで何と声を掛けて良いか分か
りませんでした。
実は今年のPMAが始まる、まさにその時からお母さ
んの病気が判明し、どんどん悪くなっていきました。
今は、大切な時期なんだから、PMAもダースコも後
回しでいいから・・・・と言っても、お母さんも毎年
楽しみにしていて、私が一生懸命してきたの見ている
ものだから、見に行けない私の分まで行ってきて・・
といって気丈に当日も、あちこちを駆け回っておりま
した。
いつも会場に来て、お声を掛けていただいていた、あ
の笑顔が、もう見れないなんて・・なんて寂しい事で
しょう。

明日、月曜日がお葬式ということです。心からご冥福
をお祈り申し上げます。ゆっくりとお休み下さい。

合掌

| 多趣味の子沢山 | 2009/10/26 01:48 | URL | ≫ EDIT

思い出を・・・

(いつも拝見していました。)

萬帝楼の記事を見てびっくりしました。
他界した父が気に入っていたお店で、家族でよく行きました。堅焼きそばなど、よく食べました。

嫁が初めて行ったときは、2階に上がるときに
「階段傾いてる!」と言って騒いでいました。

思い出のお店がなくなってしまったのが、とても残念です。
奥様のご冥福をお祈りします。

| す~ | 2009/10/26 22:46 | URL | ≫ EDIT

びっくりしました

先日会社の社長から聞き、本当に驚きました。
社長はママさんと知り合いでよく行っていたようです。
今年の会社の新年会は萬帝楼でやりました。
おいしすぎてママさんに、「アンタ達、食い過ぎだよー!」と言われるぐらい食べました。
週末お店の前を通ったのですが、もう更地になっていて、寂しい気持ちでいっぱいです。

ママさんは「娘はPMAの実行委員長なのよ~。」と、自慢されていました。
ダースコのことも楽しそうに話していました。
自慢の娘さんなんだなーって、ほほえましく思いました。

ご冥福をお祈り致します。

| かるどん | 2009/10/27 11:54 | URL | ≫ EDIT

エー!!そうだったんですか?ビックリです!
お店を壊していたのは知って居ましたが、建て替えするのかな?と思っていました。

小学校のころから、お祝い事があるとき親に連れて行って貰いました。自分に家族子供が出来てからもお祝い事は萬帝楼でした。あの頃も今も私の中で中華料理と言えばやはり《萬帝楼》です。
奥さんには いつも気軽に声を掛けて頂きました。
お店も奥さんも無くなってしまったこと、とっても残念でなりません。最近お祝い事もなく、足が遠のいていたので行ってれば良かったと後悔して居ます。

すみません、この場を借りて お悔やみ申し上げます

| アンジー | 2009/10/27 20:05 | URL |

みなさんのコメントを読むと、
子どものころから家族づれで行った方が多いですね。
失ってから気づく大切さ、
故人の人柄が偲ばれるエビソートが胸に染みます。

| 川端たぬき | 2009/10/27 20:43 | URL |

萬帝楼と家族の思い出

奥様のこと、ショックで言葉もありません…。

幼いころから家族で萬帝楼へ行き、食事をするのが楽しみでした。
奥様にはいつも親切にしていただいて、まるで親戚のように話しかけてくれるのがとても嬉しかったです。今、こうして書いていても泣けてきます。

ある夏の日。
いつものように家族3人で萬帝楼に行ったものの、
わたしはカゼ気味であまり食欲がなく、両親だけ店内へ。
萬帝楼の駐車場にとめた車内で、わたしは一人両親の食事がおわるのを待っていました。
すると、コンコンと車の窓をたたく音が。
顔をあげると、奥様がニコニコして立っています。
「 カゼなんだって?これ食べて元気だして 」
差しだした小皿にはウーロンアイスがこんもり盛られていました。
奥様のやさしい気持ちが心にしみて、
グッときたのが今でも忘れられません。
そんなことを普通にしてくださる方でした。

またわたしの父が他界したとき、わざわざ我が家の住所を探してお花をもってきてくださいました。
父が一人で萬帝楼に行ったときのエピソード、
つまりわたしや母が知らない思い出話をしてくれて、本当にありがたかったです。

萬帝楼は今はなき父との思い出の店でした。
そのお店と同店の看板であった、あのやさしい奥様にもう会えないなんて。

心より 深く深く ご冥福を祈るばかりです。





| カエル | 2009/10/27 22:12 | URL | ≫ EDIT

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| | 2009/10/28 07:53 | |

川端たぬき様

いつも拝見しております。

以前、この「二十世紀ひみつ基地」の記事や写真を介護保険施設で利用者様向けに利用させていただいてる旨をお便りした者です。

いつも更新を楽しみにしておりますが、今回は悲しい更新でした。

私は先週21日に別件で萬帝楼の前を通りかかった際、解体中の場面に偶然遭遇しました。そのときは「いよいよ改築するのかなぁ」と思っていましたが、まさかその翌日に奥さんが亡くなっていたとは貴サイトを見て大変驚きました。


あの気持ちのいい立ち振る舞いと何品もの注文をメモをとらずに厨房に伝える心意気の奥さん、あの店のたたずまい、あの味、にもう会えないことが残念で悲しく思います。

私は日常的に通っていたクチではありませんでしたが、25年前の高校時代から萬帝楼の中華丼(に付いてくるスープも絶品)に惚れ込み家族や友人と行っていました。奥さんも私がよく来る客であることをわかってくれていたと勝手に思いながら通っていました。一時期「中華丼評論家」を標榜していた私にとってのナンバーワンでした。

思えば15歳の時、先輩に連れて行かれてこの店を知り、解体現場にも遭遇し、他の皆さんの貴サイトへの書き込みを読んで事実関係を知った事に「縁」の不思議さを感じます。

これからあの味に匹敵する店を探さなければならないと考えるとともに何らかの形で復活することを淡い期待として抱いています。ここに書き込まれる何倍、何十倍の方々が惜しむでしょう。

関係者の皆様には慎んでお悔やみ申し上げます。ご冥福をお祈りいたします。

| uraraka | 2009/10/29 21:04 | URL | ≫ EDIT















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