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麒麟ビールの宣伝カーがやって来た!


小玉合名会社秋田支店・大正末頃

飯田川町の小玉合名会社(現・小玉醸造株式会社)の支店として、明治四十一年、秋田市中亀ノ丁(現・南通亀の町)に開設。





前掛けをした社員たちがカメラを向く、洋風建築店舗の前に、ヤマキウ印の味噌樽が置かれ、「太平山」の酒樽を積んだ大八車と、ビールの木箱らしきものを積んだ配送用自動車が停まっている。

明治四十五年の春、この店の前にビール瓶をかたどった麒麟ビールの宣伝カーが停まった。



麒麟ビールの一手販売代理店であった明治屋が、英国から購入したシャーシーにビール瓶形のボディを載せ、配達兼用の宣伝カーとしたもの。

まだ自動車そのものが珍しかった時代に出現した日本初の宣伝カーは、ユニークなボディと、クラクションの代わりにサイレンを搭載したこともあって人々に注目され、その宣伝効果は抜群だったという。

しかし、前方に突き出た部分が運転席からの視界をさえぎる構造に警視庁から注文がつき、瓶の口にあたる部分を切断したため、このボディで走ったのはわずかな期間だったようだ。


改造後

自動車など見たことのない市民が大半だった時代に秋田に現れ、小玉合名会社秋田支店の前に停まった、異様な姿の宣伝カーは、のちに支店長となる少年の目に、まるで機関車のように映ったという。
◎明治屋の自動車
麒麟ビールと洋食品の販賣により名ある東亰銀座の明治屋にては麒麟の大々的販路擴張の爲め自動車(貨物用)を以て再昨日青森市より來たり一昨日より市中を乘り囘し盛んに廣告をなしつゝあるが二十七日當市を發して横手に赴き夫れより湯澤に赴くよし因みに同店にては今囘代理店を醤油店の中龜の町小玉合名會社に定めたるにつき一昨夜三新聞記者及び取引店を倶樂部別館に招待して盛宴を開き同時に其の製造のビールを味わしめたり
明治四十五年五月『秋田魁新報』より



現在の同地点 09.09

前掲画像と同じ場所に郵便ポストがある。

小玉合名会社秋田支店はヤマキウ商店と名称を変え、つい最近まで営業していたが、現在は三菱商事系の酒類卸会社「リョーショクリカー秋田営業所」となった。


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関連リンク

元祖秋田味噌 清酒太平山 小玉醸造株式会社

| 秋田市今昔 | 22:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

ヤマキュウで昔バイト。

ここで、高校一年生の夏に朝8時から夕方5時まで、500円でバイトをしましたね。少し時間オ-バ-で仕事が長引いた時は、小さな器の冷やソウメンが出されたりしました。この時代、運転手と積み降ろしは完全に分業です。バスも運転手と車掌に別れて。すると、ヤマキュウさんは、製造に専念したのかな。この宣伝カ-は、現代にも通用します。

| osello | 2010/05/17 22:23 | URL |















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