二〇世紀ひみつ基地

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広小路に歩道橋と電巧堂があった時代


09.08

秋田市広小路に面した中通2丁目の久保田交差点に、9月中旬にオープンする、14階建て単身者向け賃貸マンション「レオパレス Flat 秋田」。

広小路に面したこの地は、歩兵十七連隊の玄関にあたり、戦後になって連隊の跡地が整理され、市民市場前を通って南通りへ抜ける道路が開通する。

その新道路の角地に、昭和33年(1958)、「白銀(しろがね)ビル」がオープン。1階に食堂と自転車店、2階にレストランと旅館、3階が旅館という構成の3階建て複合ビル。


昭和33年 新聞広告

昭和41年の住宅地図を見ると、白銀ビルに旅館の名は無く、喫茶しろがね、吉田興業、近畿日本ツーリストが入居している。

昭和44年(1969)、地元商店街の反対を押し切り、交差点に県内初のH型横断歩道橋が完成。


三伝ガソリンスタンド前から、白銀ビルと歩道橋 1969

70年代に入って「白銀ビル」を改装し、家電量販チェーン店「電巧堂・秋田本店」(のちにデンコードー)がオープン。当時はまだ少なかった家電量販店は連日の盛況、休日には所狭しと家電が展示された店内に人があふれた。

昭和63年(1988)、不評だった歩道橋が撤去される。


千秋公園・美術館前から久保田交差点方面を望む 1972

歩道橋のむこう、コカコーラの看板がある白銀ビル、その手前角地に鉄道弘済会(現・駐車場)、アトリオンの場所は空き地、右手の建物が改築前のマルサン。


千秋公園中土橋から久保田交差点方面を望む 09.08

時はめぐり、デパートと専門店が建ち並ぶ「買う・遊ぶ・集う」街から、ホテルと高層マンションが目立つ「泊まる・住まう・通過する」街へと変貌した広小路。

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