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マイテーとは何か?・大正の不思議広告



大正元年の秋、秋田魁新報三面に、「マイテー 何か」という、謎の文面の一段広告が掲載され、それから十四日のあいだ、その不可解な広告が延々とつづく。はたして「マイテー」の正体はいかに。






ナポレオンは マイテー人物(マン)
大日本帝国は マイテー邦国(カントリー)
英京倫敦は マイテー都市(シテー)

埃及金字塔は マイテー遺物(ニユメント)
日本富士山は マイテー山嶽(マウンテン)
さて其の次のマイテーは?
最初の掲載から十五日目、皆様ながらくお待たせしました、ようやく「マイテー」の正体を明かす謎解き広告が・・・・・・。



その正体は、秋田市下肴町に煉瓦造りのモダン店舗を構える大島商会特製の「マイテー靴」。

「特色は如何(いかん)」と、また翌日へと広告はつづき、半月にも及ぶ連載広告は完結を迎えた。


靴の需要増加と共に徒に外見を飾れる粗製濫造品の多きに鑑み特約工場を東京に設置し厳重なる監督の下に欧米の最新方式に則り製作せしめたるもの是れ即ち特製マイテー靴なり堅牢にして持久力に富み全くマイテーの名に反かず而も実用を主とせるが故に価格の低廉なる多く他に類を見ず。一度び使用せられなれば二たぴ三たび否な永久にマイテー靴を忘れ給う能わざらむ
明治の創業時から広告を重視した大島商会は、秋田市手形出身の人気文筆家で文明批評家の青柳有美を顧問として迎え、当時としては斬新な経営と広告を展開。この「マイテー靴」のアイデア広告を考案し、広告文を書いたのも青柳有美ではないだろうか。

謎かけの惹句を仕掛け、数日後に謎解き広告を載せる、このようなタイムラグ広告は、せわしなく情報があふれかえり、埋もれるスピードも早い現代では考えられない、ゆるやかなる時代の広告表現といえよう。


旧大島商会店舗 正面入口の石積アーチと要石が重厚にして優美

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