二〇世紀ひみつ基地

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桜花の百石橋・太平川定点観察


太平川岸から百石橋を望む 1972.04

まだ舗装されずガードレールもない土手から、百石橋とはるか東方に太平山を望んだ空が広い。

昭和35年(1960)10月、秋田市楢山から牛島にかけての太平川岸に、浩宮(現皇太子)の誕生を記念して、築山(小学校)学区明朗会(市政協力員)が中心となり、学区内から一戸あたり10円の寄付に加え、森林整備活動を支援する“緑の羽根共同募金”の還元金をもとに染井吉野の苗木が植樹された。


2004.04

植樹から約50年の歳月を経て、川に向かって垂れ下がる見事な桜並木に成長し、秋田市の新たな桜の名所となった。木々の生長により、この位置からはもう太平山は見えない。

一説に、真言宗の寺院・金照寺(現在の金照寺とは別物)の住職が、寺の扶持米百石を使って架設したことが百石橋の由来で、はじめは豪華な太鼓橋だったともいう。

一本橋脚の現在の百石橋は昭和58年(1983)の架橋。上記画像にみえる橋脚三本の橋は、交通量の増加にともない、昭和45年(1970)に橋脚の上部だけを掛け替えたもので、それ以前はコンクリートの橋脚に木製の橋を乗っけた粗末なものだった。

歩道もなく、木橋の両端が川に向かって傾斜し、雪が積もってツルツルのアイスバーンになると、川に落っこちそうで怖い思いをしながら通学した冬の日や、生家の居間から、まだ若い桜並木を眺めていた、うららかな春の日のことを思い出す。はじめての“ひみつ基地”をつくったのも、この河原の藪の中だった。


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百石橋界隈


花曇る太平川の桜並木 2013



川のない橋「牛島橋」界隈を歩く



満開の色香に酔う・太平川桜並木



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| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 21:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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ことしの百石橋の桜は?

ことしの百石橋近辺の桜はどんな感じでしょうか?

| あきたのSH | 2015/04/18 10:12 | URL |















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