二〇世紀ひみつ基地

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千秋公園より手形方面を望む

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絵葉書「(羽後)千秋公園より手形方面を望む」
明治末から大正初期

太平山の下方に、明治四三年四月に創立された、秋田鉱山専門学校(秋大鉱山学部の前身)、その右手には、秋田師範学校(秋大教育学部の前身)と思われる建物がある。学校の手前の広大な空地は、歩兵第一七連隊の練兵場。その手前には、手形休下町から旭川村へ抜ける道路が見える。

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部分拡大「鉱山専門学校」

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絵葉書「秋田市千秋公園より鉱山学校及び太平山を望む」
明治末

上の写真よりも北に寄った位置からの撮影。鉱山学校の左に見える屋根は白馬寺だろうか。それ以外に建物は確認できない。

手形の地名は、「手潟」という沼からでた名で、その場所は鉱山学校の手前に広がる、旧練兵場の一帯といわれるが、そんな往時の面影が偲ばれる風景である。

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千秋公園から秋大方面を望む 2005

| 秋田市今昔 | 23:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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