二〇世紀ひみつ基地

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ラヂウム温泉と霊泉水・千秋公園


勝平得之『千秋公園八景・松下門跡』昭和十二年

千秋公園入口の坂を上った松下門跡の版画は、現在とさして変わらない戦前の風景。ただ、今はないものといえば、左手の鐘楼へと向かう階段の登り口に立てられた、バス停のよう立つ、丸く「温泉」の文字が書かれた赤い看板。

赤い看板がある階段を上ったところに、大正初期、料理屋を兼ねた「ラヂウム温泉」が開業する。


ラヂウム温泉 大正期


『秋田市千秋公園鳥瞰図』(日本弘道会秋田市会発行・昭和十年頃)より


新聞広告 左から大正六年、同七年、同十五年

その温泉は“霊泉水”と呼ばれる千秋公園の地下水を沸かした鉱泉で、水をくみ上げるポンプの音があたりに響いていたという。

かつての「ラヂウム温泉」が現在の「割烹・松下」、今の経営家は大正後期に引き継いで営業を始めたとのこと。


割烹・松下 09.01

手前の建物は戦後の建築だが、その奥に戦前のものと思われる建築が残っている。



かつての旧城地・千秋公園は良質の地下水が豊富に湧いた土地、佐竹氏が城地を選択する際もそれが重要視された。

和洋女子高校体育館裏の遊歩道沿いに湧く“霊泉水”は、これでお茶を入れると他の水は飲めないといわれ、朝夕は順番待ちの行列ができるほどの人気の湧き水だったが、大腸菌が検出されたとかで、残念なことに数年前に封鎖されてしまった。


封鎖された霊泉水

旧水汲み場のある遊歩道に沿って、お堀が水をたたえてていたのは戦前のこと。右手の土手から湧く“霊泉水”が注ぐお堀の水に囲まれて、藩政時代は兵具庫が存在し、大正初期に赤十字病院が建つ。


千秋公園 松下門跡 09.01

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