二〇世紀ひみつ基地

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はんこ屋の古看板・上肴町で幾星霜



旧上肴町(現・秋田市大町一丁目)にあって、今では町内で最も永い歴史を有する店舗となった「近江印店」。明治中期の創業で、その初期は近江廣明堂という版木屋だったという。版木屋とは和本を印刷するための木版を彫る職人のこと。



明治の始めにベストセラーとなった世界地誌書『輿地誌略』の版木と印刷物



大正から昭和にかけての建築と思われる店舗に掲げられた、時代を経て風格のある自家製“掛け看板”の片面は、浮彫りで「彫刻所」、裏が蒲鉾彫りで「近江印舖」。

“蒲鉾彫り”とは文字の輪郭をV字形に彫り下げ、文字部分をカマボコのように、ゆるやかな山なりにすることで立体的感を出し、文字に塗装を施して仕上げる木製看板の古典的技法。文字のふくらみを七福神の布袋(ほてい)のふくよかな腹にたとえて“布袋彫り”ともいう。

看板を作ったのは、明治末期から跡を継いだ二代目の金治さん。小さいはんこを作るよりも、看板に字を書いたり彫ったりするのが好きな人で、昭和のはじめ頃から連続五期二十年間、市会議員を務めた。


大正二年 書籍広告

コンクリートの腰壁、突き出したショーウインドウなど、洋風を加味して改築される以前の店舗の写真に、今と同じ形態の看板。



不鮮明な凸版印刷の写真を拡大してみると白文字で「近江印舖」とある。文字の向きは現在と逆の北向き。そのほかに今はない“屋根看板”も上げられているが文字は読み取れない。

永年の風雪にさらされて、わずかに残る白色の塗料と字体、風化の度合いなどから、現役の看板は大正二年の写真に写ったものと同一と推測する。それが正しいとすれば、おおよそ百年もの永い歴史を刻んだ物件ということになるのだが、野外に現役で設置されているもので、これだけ時代物の木製看板も近頃では珍しい。


大正三年元旦 新聞広告

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