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壮麗なる文化の殿堂・秋田県公会堂


秋田県公会堂

千秋公園入口の高台、現在の県民会館の地に、明治三十七年「秋田県公会堂」、正式名称「皇太子殿下御慶事記念秋田県公会堂」落成す。

東宮(大正天皇)御成婚記念事業として、教員の初任給が十円ほどの時代、インテリアを含め総工費約九万円の県費を以て建設された壮麗な洋風建築。初代の県民会館に相当する県内唯一の大ホールとして、公式行事、各種集会、音楽会、展示会などに広く利用された。


現在の同地点

今は東海林太郎の銅像が設置されている一角に公会堂へ上る階段があった。

木造二階建て、左右対称の四隅にドームを配置したルネッサンス様式建築。工事設計者として赤坂離宮の設計などで高名な、片山東熊の名が記録されているが、実際に設計を担当したのは弟子の真山技師で、片山は設計顧問的なスタンスであった。




千秋公園入口・大正初期の絵葉書

左手に中土橋通りから県公会堂に上る裏口。



明治四十二年、秋田県を宣伝するために、県が在京の新聞雑誌記者二十名を秋田に招き、各社に紀行文を書かせたとき、県公会堂に於いて歓迎会が開かれた。以下は公会堂を見た記者の感想である。
‥‥前略‥‥
公会堂は有名なる千秋公園の入口にある大きな洋風建築で、五万円で出来たのである。仏国ルイ六十世式の装飾も中々の灰殻(ハイカラ)作り、出羽の辺域にこんなのがあろうとは全く以て思い設けぬことである。
‥‥後略‥‥
『日本新聞』記者 谷河梅人

‥‥前略‥‥
第四信 秋田市より
二十四日午後神宮寺より秋田市に入る午後五時県の公会堂に於ける県の官民連合して吾等の為めに開ける招待会に臨む。知事、旅団長、民間有力者等堂に溢る。公会堂は鬱乎(うっこ)たる公園の森林に據(よ)り、巍々(ぎぎ)たる新式の西洋館也。一箇の公会堂もなき東京市に恥ぢ入る次第。
‥‥後略‥‥
『東京二六新聞』記者 吉田渟

明治四十二年発行『知られたる秋田』(編集発行者 瀧澤 武)より

大正七年、観桜会でにぎわう四月二十九日の朝、ペンキ塗り替え作業中の県公会堂は突如として炎上す。
◎御慶事記念の
 縣公會堂燒失す
   本縣の一偉觀を失ふ
    惜みても尚餘りあり


櫻花笑ひ將に歡樂の巷と化せんとする昨日俄然花の下より火を發し時價數十萬圓を烏有に歸せしめたる慘事ありたり當日九時の時鐘將に打たれんとする刹那千秋園下なる大廈(たいか)
◇縣有公會堂より發火し半鐘亂打されスワ火事よと右往左往に驅巡る樣一種凄味あり市民の驅付けたる時には既に一面の烟にて有らゆる隙間より漏れ出で遠見せばその有無すら判明せざる程にて市の消防組全部其他軍隊村落の消防等協力し消火に努めし甲斐もなく正午迄南端の一部を殘せるのみにて
全部燒失したるは惜しみても餘りある事なり
‥‥中略‥‥

◎惜しき公會堂
 ◇御慶事記念の

東北唯一否全國にも多く見ざる所の縣公會堂は底事(なにごと)ぞ昨朝突然出火し五時間の長きに亙つて紅蓮の舌を吐きつゝ遂に灰燼と歸したるは惜しみても尚ほ餘りある事と云ふべし
 ◆此の公會堂は今上陛下未だに東宮に在せし頃御慶事記念として時の知事武田千代三郎氏發案の下に縣會の協贊を經三ケ年繼續にて當時の縣工師山口直昭氏及び小野技師に命じ建築に從事せしめしものにて木材及び石材とも堅牢無比なる好材料を蒐集し東亰より工匠を呼び寄せて充分の技倆を揮わせし甲斐ありて遂に巍然(ぎぜん)たる建築を見るに至りしなり
 ◆建築せりと雖も内部の裝飾其他萬般不備の點多かりし爲め其の後年々縣費を投じ裝飾品、テーブル、椅子、貴賓用椅子、電燈設備等をなせるが爲其の費用は本館の建築費四萬八千餘圓の外に四萬圓を要し合計九萬圓にて漸く完全なる公會堂を見るに至れり
‥‥中略‥‥
◆爾來十五ケ年間、東宮殿下、李王世子殿下を始め伏見閑院、東伏見、北白川各宮殿下の臺臨をかたじけなふせるのみならず文武の顯官知名の士を迎送するには總て此の館に於ゐてせり
◆況や縣は御大典記念として大正四年より三ケ年繼續して貳拾萬餘圓を投じ後方に更に一大記念館を造り目下起工中なるが竣工の曉に兩々相俟つて全國に誇るべき一大美觀を呈するのみならず官民の便益も又莫大なりしならんに忽然烏有となれるは遺憾の事にして只新館の火災を免れし丈は不幸中の幸ひと云ふべし(らん州)
大正七年四月三十日付『秋田魁新報』より



左手に建設中の県記念館



南隣では県公会堂の補助施設として計画された「秋田県記念館」の完成を間近しての惜しまれる惨事であった。もしルネッサンス様式の両館がこの地に肩を並べていたならば、記事にあるように「全国に誇るべき一大美観を呈し」たことだろう。

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関連リンク

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