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高砂堂のリンゴ園と「りんごもち」のこと


明治三十年 新聞広告

秋田市通町の老舗菓子舗「高砂堂」の創業者・塚本平蔵が経営したリンゴ園の新聞広告。

藩政期は佐竹氏の家臣であった塚本家が経営した果樹園の場所は、旧城地にあたる手形上町(うわまち)。手形方面から明徳小学校へ向かう登り口、現在の知事公舎のあたり。

平蔵は商品にならないクズリンゴを活用し、リンゴ羹、リンゴ酒、リンゴジャムなどを商品化。その時代、菓子の製造を目的に砂糖を使うには国の許可が必要だったため、明治二十七年一月「菓子製造営業免許鑑札」(大日本帝国発行)を取得。「高砂堂」ではこの年をもって創業年としているが、広告をご覧の通り、明治三十年もまだ菓子商ではなくリンゴ園であった。

現在流通するリンゴは明治のはじめ、主に米国から導入された西洋リンゴを基に交配したもの。明治期の代表的品種をあげると、ロールスジャネット(国光)、ジョナサン(紅玉)、マッキントッシュ(旭)・・・。

秋田で「雪の下」と呼ばれた「国光」は、硬くて貯蔵性が高く酸味に特徴がある、子どもの頃によく食べたなじみ深いリンゴ。アップル社の Macintosh の語源は、カナダ原産のリンゴ・マッキントッシュ(旭)から。

「滋養品トシテ●胃病●肺病●病後ノ衰弱等ニ効能ノ著大ナル其ノ筋ノ分析証明アリ」と、その効能を謳う「りんご羹」という商品は、正月のおせち料理としてもつくられる、煮て裏ごししたリンゴに砂糖を加え、寒天で固めた羊羹状(ゼリー状)のお菓子だったと想像される。


看板商品「りんごもち」の看板(高砂堂店舗前)

「りんごもち」は昭和初期から製造販売をはじめた、もち米を使ったリンゴ風味の羽二重餅。

「高砂堂」が「りんごもち」を看板商品とし、「りんごもち本舗」を名乗るのも、「高砂堂」の原点であるリンゴ園から誕生した「りんご羹」にちなんだものなのだろう。



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| 秋田市今昔 | 14:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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