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接吻ヨリ甘イ・あいすまんじゅう



近年全国に販路を広げた「白くまアイス」でお馴染み、福岡久留米の丸永製菓が製造販売する、小倉餡をバニラアイスでくるんだ冷たい和菓子「あいすまんじゅう」。

冷菓にもかかわらず、中身の餡はトロリと柔らかく、バニラアイスと適度な甘さの餡が口のなかでマイルドなハーモニーを奏でる、その品質が評価され、「モンド・セレクション金賞」を 1996年から連続12年間連続受賞し、国際優秀品質賞に輝く名品である。

丸永製菓によれば、太宰府天満宮の天神さん・菅原道真のシンボルであり福岡の県花である「梅花」をかたどり、昭和37年から製造を続けているとのことだが、「あいすまんじゅう」というネーミングの冷菓が全国的に普及しはじめたのは昭和20年代中頃のこと。


昭和24年 新聞広告

金座街で氷菓の製造卸をしていた最上屋が、新案特許「アイスマンジュウ」の販売店募集と、製造許可権の分譲を広告している。カストリ雑誌が街にあふれ、甘さに飢えていた時代を感じさせる「接吻ヨリ甘イ」のキャッチフレーズが印象的。

初期の「あいすまんじゅう」は和菓子の饅頭のような半円形で、食堂や喫茶店ではそれを皿にのせスプーンを添えて、客に出したことが広告文から推察される。

この最上屋も中央の業者から製造許可権を買ったものと思われるが、昭和26年になるとこんどは鎌田冷菓店(後のマルシメ鎌田、現・鎌田会館)が、「アイス饅頭」のネーミングで広告を出す。


昭和26年 新聞広告

同時代に鎌田冷菓店が代理店となって販売した「氷の天ぷら製造器」の広告も面白い。


昭和26年 新聞広告

いまでもたまに見かける「アイスクリームの天ぷら」と似たこれも、「アイスマンジュウ」のように「一区一店」限定の製造権分譲で「月収多大」とあるが、そんなに普及はしたとは思えない。

昭和33年に世界初の回転寿司店「廻る元禄寿司」を大阪にオープンさせた創業者の白石義明は、その前身の小料理屋時代に「氷の天ぷら」を開発、特許を取得して売り物にしたというから、この製造機もアイデアマンだった彼が手がけたものに違いない。

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| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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