二〇世紀ひみつ基地

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アイスクリーム魔法瓶のある風景


昭和34年 新聞広告

昭和20年代から30年代にかけて活躍した「冷菓用魔法瓶」の広告である。広告主は秋田市南通で、大判焼き器、かき氷器、冷菓製造器、製造原料などを扱っていた本山商店。

電気冷蔵庫が普及する以前、アイスクリームなどの冷菓はこの魔法瓶にストックされて販売されていた。内部がガラス製、またはステンレス製の魔法瓶と同様の構造の容器に氷菓を入れ、周囲からドライアイスで冷やす方式で、その構造上から容量は少なく、それをおぎなう二連式ストッカーもあった。

当時はこれがなければ商売にならなかったわけで、「時代の寵児、業界の先端」という広告のキャッチフレーズも決して大げさな表現ではない。


背が低くててフタまで手が届かない子どもは、店の人か同行者に出してもらうか、抱えられてアイスに手を伸ばす。炎天下、丸いフタを開け、ヒンヤリと冷気が漂う魔法瓶に頭をつっこむようにして物色したそれは、アイスがぎっしりと詰まった魔法の箱。




森永キャンプストア(鎌倉)昭和37年

「キャンプストア」というのは海の家などの出店のこと。


紙包装のバーアイス・昭和30年代

昭和37年頃から徐々に電気冷蔵庫への切り替えが進んでゆくが、40年代に入っても、地方都市の小さな店ではまだ現役で活躍する姿が見られた。

この時代、冷菓は夏季限定商品だったため、涼しくなるとアイスクリーム魔法瓶は無用の長物となる。そこで冬場も活用できるこんなアイデア商品も誕生した。


昭和35年 新聞広告

マルシメ鎌田が代理店となって販売した、魔法瓶型保温器の中に「酒まんじゅう」「大判焼」の文字がみえる。はたしてどれほど売れたものか。

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