二〇世紀ひみつ基地

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中土橋より広小路を望む夏の宵


08.07

広小路・古沢ビル(旧長崎屋)の一階で営業していた「ICI石井スポーツ」が8月で店を閉じ、秋田市御所野のショッピングモール「フレスポ御所野」に移転、この中旬にオープンする。


08.09

柳の向こうに灯が消えて暗く寂しい古沢ビル。そろそろこの物件も、ようやく動きだした中央街区の再開発を前に解体されるのか、それとも、アクセスが不便で人通りの少ない広小路をあきらめ、新天地に移っただけのことか。

キャッスルの明かりだけが、かろうじてかつての栄華の痕跡をとどめる。


1970 長崎屋時代

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| 散歩写真・路上観察 | 10:30 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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夢のごとく

 中学・高校の頃、本金・協働社・木内・第一ホテル・KAWAI・三浦書店・マルサン・電巧堂・加賀屋書店、そして金座街のあたりの小さな店というように、冷房を渡り歩いて秋田駅まで夏を過ごしていたのが嘘のように、広小路は人通りが無くなってしまったのですね。秋田駅前に人が集まってこその秋田市と感じているのですが、なかなかそういう集客力は継続しないのでしょうか。
 彼女と歩いた千秋公園は、春しか人の寄りつかない場所になりはててしまったのだろうか。

| さんかく | 2008/09/07 00:56 | URL |

あの頃に青春時代を過ごし、秋田市を離れた人は帰ってきて、この現状に愕然とするでしょうね。

通勤に列車かバスを使い、夕刻には秋田駅前の小路の飲み屋にサラリーマンがたむろし、休日となれば人混みに疲れ歩くのも困難なほどだった広小路も、今や夢のようです。

モータリゼーションの進展がもたらした生活形態の変化により、買い物客は郊外のショッピングモールへ流れたわけですが、それは市民の選択でもあるわけで、広小路周辺の空洞化はそういう意味では極めて自然な流れといえるんですよね。

| たふらんけ。 | 2008/09/07 09:42 | URL |

寂しいですね

中土橋の広小路側に、そう言えば長崎屋がありましたね。すっかり忘れていました。
県立美術館や図書館、県民会館などに来たおりなど、確か長崎屋の二階でしたか、レストランで昼食をとった記憶があります。(曖昧な記憶ですが)
あの頃は、まだまだ広小路は賑わっていましたが、今あらためて見ると寂れるのも無理からぬことと思います。
当時は広かったといえ、今となっては道路が狭すぎます。それに車社会の昨今、駐車場も少なく、せいぜい通過路の意味しか持ちませんし、秋田中央道路はそれに拍車をかけましたから。

| じゃんご | 2008/09/07 12:57 | URL | ≫ EDIT

じゃんごさん
長崎屋のレストランは八階でしたから、となりのセントラルデパート三階の展望レストランかもしれませんね。

| たふらんけ。 | 2008/09/07 20:30 | URL |















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