二〇世紀ひみつ基地

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秋田百円ラーメン伝説

その店にはメニューがなかった。
だから一言挨拶を交わし、少し待てば一杯百円のラーメンが出てくる。
しっかりとダシが効いたスープ、チャーシュー一枚、メンマに海苔がトッピングされ、百円とは信じられぬほどの味とボリューム。これでは売れば売るほど赤字になるのはあきらか。だから所在を聞かれてもなるべく教えたくはなかった。

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80年代の店内

「薮松」が、静かに店を閉じたのは昨年の春ころだろうか。
看板も暖簾もなかったので、そこがラーメン屋だとは気がつかぬ人も多かった。
入口には「営業中」と書かれた(裏が定休日だったか)小さな木札がぶらさがり、たったひとつの目印となっていたが、年が明けてからは木札は裏返され、休業状態が続いていたと思う。そして夏ころには、ついにその木札も取り外され、およそ五十年にわたる歴史に幕を下ろし、伝説の百円ラーメンは、ほんとうの伝説となってしまった。

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秋田市大町五丁目(旧八日町)
店の前は除雪する人もなく

大城栄松さんの「薮松食堂」は昭和三十二年開業。
ある日、三人連れの母子が一杯五十円のラーメンを三つに分けて食べるのを見て、感じるものがあった。それが百円ラーメンの原点らしい。
百円の前は八十円。それが適正価格だった頃は、暖簾も看板もあって、メニューにはカレーライスなどもある普通の食堂だったという。

20050302202110.jpg
引戸の上に残された「秋田県麺類飲食環境衛生同業組合・会員之章」

百円では儲かるはずもなく、儲けるつもりもなかった。製麺所など仕入れ先の人たちも理解を示し支払いを待ってくれた。百円ラーメンを維持するために、新聞配達で生活費を稼ぐオヤジの姿は、「なるほどザ・ワールド」「所さんの笑ってコラえて」など全国ネットでも放映され、観るものに感銘を与えた。

そんな気骨あるオヤジのラーメン、最期にもう一杯食べたかったな。

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二〇世紀ひみつ基地 「秋田百円ラーメン伝説」再び

| 散歩写真・路上観察 | 21:00 | comments:33 | trackbacks:1 | TOP↑

COMMENT

残念な事です。

高校の頃、貴重な溜まり場でした。

今も秋田在住のブロガーによって、伝説は語り継がれています。

| しゅうきち | 2005/03/02 22:18 | URL |

秋田にはそんな素晴らしいラーメン屋さんがあったのですね。
いい話に感動しました。
気骨とか志し、というより、そういう生き方ができるような人生観を、
どうやって持つことができるかなあと考えさせられました。
そういう店をやることが「たのしい」と思わなければ、できませんよね。
ぼくはやっぱり、ある程度収入がないと、たのしくないなあ。
続けるために新聞配達なんて、ぜったいできそうもないし、
がんばって無理してやったとしたら、たぶん落ち込んで、
人間そのものからダメになってしまいそうです。
へんに偏屈な性格になっちゃったり、いろいろ弊害が出そう。
だから、そこまでの人生観を持てるかどうか、どういうひとだったのかということに、興味があります。

| シン | 2005/03/03 20:37 | URL | ≫ EDIT

しゅうきちさん
腹を空かせた学生にとってはありがたい存在でしたね。

シンさん
オヤジさんは子供のころは貧乏で、かなり苦労したらしいです。
そんな体験がベースになってたんでしょうね。

| たふらんけ | 2005/03/03 23:09 | URL | ≫ EDIT

やめたんですか

100円ラーメンやめたんですか。
ずいぶん遠い昔、支払いのとき、万札しかなくて
釣りないから「いいよ」って言われた。
そばの商店で、ガムかなんか買って、両替して
100円もってったら喜んでくれてたな。
「よかったのに」って。
そおか、やめたのか・・・・・・。

| とっつぁん | 2005/03/04 19:32 | URL |

いい話だ

とっつぁんさん
オヤジさんの人柄がうかがえるエピソードですね。

| たふらんけ | 2005/03/04 21:45 | URL | ≫ EDIT

一杯100円になる前の頃だども、釣銭のジェンコどごカウンターさ積んであったすな。
ごまがすヤヅもいであったがもさねども、あのオヤジだば、そんたごども気にさねで平然どしてあった。
おえの友達がら聞いだ話だば、オヤジさ「大盛りにしてけれ」って言ったけ、すたげごしゃがいだらしす。あっこの店の経営原則がらせば、そえだばんだべな。

| ミドリの戦車 | 2005/03/13 00:19 | URL |

大盛りは禁句

戦車さん
あの店では「大盛り」は禁句であり、言わないのが礼儀であったすな。

| たふらんけ | 2005/03/13 00:42 | URL |

メニューは存在しました

自分が通ってた頃(70年代末)には、『特製ラーメン 100円』の札が一枚だけ壁にかかっていました!(キッパリ) 勿論、オーダーなんて取らない。客がある程度入るまでは客もオジサンも黙って漫画読んでて、4~5人くらい客が入ると黙ってラーメンを作り出す。。。たまにオジサンが出前に出てるときがあって、そんなときは無人の店内で黙って漫画読みながら待ってる。。。あー、懐かしいなぁ。実家のすぐそばでした。。。(あ、あそこは五丁目かな)店の向かいに組事務所があった時期もありましたね。。。そんな最近まであったんなら、オトナになってからも行っとけば良かった。。。

| 潜水亭 六法 | 2005/05/21 12:56 | URL | ≫ EDIT

懐かしいです。

イヤー、懐かしいです。
あそこ何気に出前もやっていて、時々、店内無人のことがありましたね。

実は昔は看板があったんだけど、竿灯の山車かなんかぶつかって壊れたあと、そのままにしていたと聞いたことがあります。
確かに高校時代行ってみたら、枠の根元だけあったような気がします・・・

| 小○さん | 2005/05/26 09:53 | URL | ≫ EDIT

懐かしいなあ。中学生の時、たまに行きました。近所の「秋田電子」とゆう模型屋に行ったついでに。友達と食べた後に二人で「もう一杯!」と、おかわりして出て来たところでまた割り箸を割ったらオヤジに「さっきの割り箸使え!」と怒られた思い出があります。でも旨かった(^0^)

| 詠治 | 2005/06/01 23:44 | URL |

藪松・秋田電子懐かしい

藪松のおっさんは元気です・・でも復活は無理そうです。
(個人情報保護法のためこれ以上はカキコ出来ませんが)
八日町で育って、100円ラーメンにお世話になったな~。
70円からの記憶があります。
70円<75円<80円・・・<95円・・・・・・・・・・<100円
100円にするためにとても気持ちの揺れがあったと聞いています。
超昔は、手打ちの盛蕎もあった。
まずは!

| かず | 2005/06/05 03:39 | URL | ≫ EDIT

コメントありがとう

みなさん、コメントありがとうございます。
おやじさんは元気ということで何よりです。
そういえば八日町には秋田電子もありましたね。

| たふらんけ。 | 2005/06/06 20:21 | URL |

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| - | 2005/06/11 03:50 | |

ちょっと気になっていたので、、
秋田電子があったのは旧豊島町です。
ジオラマの材料やプラモ、買いました。
小さいお店でした、今は駐車場になっています。

| かず | 2005/10/20 04:34 | URL | ≫ EDIT

かずさん
道を一本、勘違いしておりました。
歳をとると駄目ですね。
秋田電子は茶町梅ノ町の南隣、豊島町、
那波陶器店の隣り、工藤印舖の向かいの辺りにありましたね。

| たふらんけ。 | 2005/10/20 20:35 | URL | ≫ EDIT

生まれながら大町に住んでいますので、地元情報は多少なりにあります。
今は大町から遠い○○橋を渡った、○屋在住ですが。
職場も藪松さん周辺ですので、レポ提供可能です。
貴殿サイト、職場の従業員やネットのお友達に教えたら、嬉しがっておりました。
懐かしいっす!これからもご努力下さい。
直メで情報交換しませんか?以前、送ったような記憶。

| かず | 2005/10/21 19:51 | URL | ≫ EDIT

>那波陶器店の隣り、工藤印舖の向かいの辺りにありましたね。

そうです、はんこ屋さん向かいです。
当時(???タクシー)・・・?の。営業所。(わすれた)
記憶はあとで実家の年寄りの親に聞いておきます。
那波うんじょう(字は忘れた)先生の「習字教室」に通った、小学生の時代。
角は陶器店から、数年前から予約制美容院になってます。
ブログというか、記録、記憶が必要と思います。
大勢で作る「過去の思い出」大切だと思います。
私は「半ぼけ」状態、親父が旭北地域では有識者なのかな~?
是非!協力させて下さい。

旭北地区の謎もあります。
小中時代は、ガキ大将(の、子分)でした。
蝉の幼虫を旭北地区では「のこのこ」と言います。
初夏、夏休みで夕日が落ちた夕方、油セミの幼虫。抜け殻が木に着いている茶色い抜け殻。
保戸野や中通に聞いたけど、、、「蝉の抜け殻」らしいです。
是非とも「のこのこ」という、言葉の言い伝えの伝説にご協力下さい。
私も現在調査中です。

尚、ここのBBSご出席の皆さんにもご協力頂ければ嬉しいです。

もちろん、のこのことした容姿が発祥と思われるのですが。
秋田市旭北(学区)だけで生まれたか?など、知りたいです。
皆様の地区ではどう、呼ばれていますか?

| かず | 2005/10/21 20:34 | URL | ≫ EDIT

秋田を離れて既に19年、
噴水ジュースの自販機から此処にたどり着きました。
ヤブマツの美談を初めて知り、当時「不潔なんじゃないの?」なんていいながら
数度行ったきりの自分を恥ずかしく思います。

店主の方が元気と聞きとてもうれしいです。
いつか機会があればですがお礼を言いたいですね・・・。

| たまひよ | 2005/11/09 17:46 | URL | ≫ EDIT

たまひよさん

木内の噴水ジュースと藪松100円ラーメン。
同年代ですね。
木内の生ジュースと観覧車、甘栗店。千秋公園の動物園、産業会館、駅前の金座街など。

>ヤブマツの美談

100円ラーメン、再開はとても厳しい状態です。
でも,記憶にとどめておきたいですね。

| かず | 2005/11/12 06:02 | URL | ≫ EDIT

懐かしいな~、おいらも、中学校の頃から、お世話なってからな~
最後に食べたのは、もう7~8年前かな?
若い頃は、二杯食べてたな~
スポーツが好きな、おやじでな~
750円もとって、まずいラー屋は、ぽぃ!”だわ

| えび | 2005/11/30 06:23 | URL |

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| - | 2006/10/28 01:12 | |

中学の頃、ウワサで聞いて、一人で行くのはちょっと・・・と友達と二人で行ってみました。おっさんばっかりでちょっとコワかったです。テーブルやイスはありあわせ、あるものを・・・といったかんじ。置いてある雑誌類はいったい何時の?というシロモノ(多分誰か置いていった?)味は普通においしくて、でも味付け海苔の1/2枚がのっかっていたのはびっくりしました!

| obusan | 2007/01/31 15:25 | URL |

懐かしいです。

八日町に生まれ、中学まで藪松さんの近所に住んでいました。今でも藪松さんのスープの美味しさは忘れていません。自転車で出前するおじさんは、子供の私にまで会釈をしてくれました。95円の時も覚えています。カウンターにお釣の5円玉がたくさん置かれていて、お客さんは勝手にとっていきます。子供の私にはそれが出来ず、出前から帰るまで待ってお釣りをいただいた思い出があります。お元気で長生きしてほしいです。

| きょうこ | 2007/02/14 21:00 | URL |

懐かしいです♪

中学生の頃、部活の帰りに寄って食べてました。
私の頃は85円でしたねぇ・・・カウンターに15円ずつ釣銭が並んでました。
出前をしていたのが驚異的!
他メニューもありましたが、ラーメン以外の注文をすることに躊躇いがありましたね(苦笑)
一度だけ父親と一緒に食べに行った時、別メニューの野菜と鶏肉を炒めたのが入った麺を注文したことがあります。
・・・もう30年以上前のことですものねぇ・・・

| くるり んぱ | 2007/02/22 22:02 | URL | ≫ EDIT

かなり以前テレビで紹介されていたのを視て、新聞配達をしてまで100円ラーメンを続ける、その凄まじい執念に心打たれたものでした。あの店今どうなっているのかなとフト、思いだして… おつかれさまでした。100円ラーメンって全国に何軒かあっても、ここは別格ですね。永遠に語り継いでいきたいな。まさに伝説。

| 美味しんぼ | 2007/03/02 15:43 | URL |

100円ラーメン涙の美談、このまま風化して行くんでしょうね…。
ラーメンのツユの中に指を入れて渡してくれる姿が懐かしく思えます。お金無い時(今も無いけど)助けて頂きました。
あと、南通りの少し中通り寄りに入った小路に『いわきや』と言うお店があって、そこもラーメン100円、カレーライス100円、カツどん150円、野菜炒め定食150円で此処もお世話になりました。
ばら島交差点旧経法大近辺、現在のたんぽぽらーめんと専門学校の小路をパチンコ屋さんの方へ入ったところに、ツバメ亭だったと思いますがメニューがカレーとラーメンだけの食堂があって、それぞれ150円位で、肉は別で50円加算だったかな?数年前までやっていたはずです。トイレには付属高校の面々の歴代落書きが沢山有りました。
いずれにしても採算度外視の低価格で、当時の我々学生や青少年の腹を満たしてくれた、各食堂の方々には感謝の気持ちを忘れずに居たいですネ。

| かだ | 2007/11/11 13:11 | URL |

こんばんは。秋田のものです。楽しく拝見させていただきました。

お願いなのですが、とあるHPで、藪松さんらしきラーメン屋さんの所在を知りたいという依頼があり、検索したところこちらにたどりつきました。

もし、藪松さんで正しければこちらのリンクを貼らせてもらってもよろしいでしょうか?

| もも | 2008/02/23 20:34 | URL | ≫ EDIT

ももさん
リンクの件、了解しました。

| 二〇世紀ひみつ基地・管理人 | 2008/02/24 00:16 | URL |

9/10のエントリーから巡ってきました

いつも楽しく、懐かしい気持ちで拝見しています。
「100ラー(ヒャグラー)」、高校の時によく行きました。

同級生に、未体験の友人がおり、とっても興味を持っていたので、連れて行ったら、そいつが出し抜けに、「100ラーください」と言ってしまい、おじさん、気を悪くしちゃったんじゃないかなあと、気まずいこともありました。ちゃんと、「何も言わなくても出て来るよ」と教えなかった自分が悪いんですけど…。

おじさん、確か阪神ファン?でしたよね。「ネギ無くなったから買って来る」なんて言って、留守番頼まれた友達もいます。

| ゆうき | 2008/09/17 18:52 | URL |

涙が出るよ

高校卒業まで秋田にいました。
当時は親父さんの苦労などに思慮もなく、100円ラーメンを「安い・旨い・おやつ」位に軽く考えていた自分に、今では罪悪感すらおぼえます。
一杯700~800円取って「○○系ラーメン」だのを標榜する商業主義的ラーメン屋がそこのけの昨今…
性善説が淘汰される現代日本に、憂いをおぼえます。

| 秋田出身*千葉県民 | 2011/02/28 00:04 | URL |

秋田に住んでいたのはもう10年以上も前になりますが、100円ラーメン懐かしいです。辞めちゃったんですね。おやじさん元気にしてるといいのですが・・・・

| 夕涼み | 2012/11/18 20:13 | URL |

ここのラーメン旨かったですよ
無くなってはじめてわかる有り難味かな

| たっちゃん | 2013/01/23 04:36 | URL |

父に聞いて知った

「俺のラーメン、まだガ~!」っどがって言うもんだば、おやじ、おごって、あど、待っても待ってもかけへでけねど!(「私の注文したラーメンはまだですか?」なんて言おうものなら、《お店にお客さんいても、出前に行ってたらしい...》待っても待ってもラーメンは来ない...だって!)ってな話を父から聞かされてました30年前。高校生の頃、意を決して食べに行ったら、拍子抜けするくらい腰の低いおじさんが店主で...そしてなによりもラーメンそのものが旨い!食べ盛りには物足りない量でしたが、二杯注文してもイヤな顔された記憶ないです!通うにつれ、4×10くらいのサイズだった海苔が、半分くらいになって、「きびしいんだろうなあ」と思ったりしたものです。大人になって、「塩ラーメン」を注文して、「藪松」を思い出すような味に出会うと、一気に30年前の気分になったりして...。

| 小玉義隆 | 2014/12/03 00:00 | URL |















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| 秋田の窓口【管理者日記】 | 2005/04/11 19:18 |

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