二〇世紀ひみつ基地

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便所煙突くるくると廻れ

●便所煙突のある風景

汲み取り便所が主流だった昭和の時代、あちらこちらの便槽から、便所煙突が空に向かって立ち上がる光景があった。その先端に付けられた風車が、風を受けて回転することにより、悪臭を空中に排出する仕組み。いわゆるベンチレーターの一種で、業界ではこの装置を「臭突」と呼ぶのだそうだ。



風が吹かなければ換気能力がいちじるしく低下するため、後に電動式の換気扇を仕込んだものが登場する。今もわずかに残る便所煙突は、風車の無いこのタイプが主力。上の物件は一見すると昔から見慣れた風車の形状に近いが、よく見ると煙突部分にコードが伸びていて、風力と電力の兼用タイプであることがわかる。


●便所煙突はいつ誰が造ったか

以前、便所煙突のことが気になって調べてみたことがある。しかし、その成り立ちについて記述する文献に巡りあうことはできず、そんなことも忘れていたある日、図書館で戦前の新聞を閲覧していると、こんな広告が目に飛び込んできた。


新聞広告 昭和三年

「昼夜無休」「便所ノ悪臭及蚊蠅ヲ完全ニ排除ス」というあたりは、昔の広告にありがちな誇大表現だが、この「啓正式除風器」こそが便所煙突の起源だったのだ。

広告に掲載されている特許番号で、特許庁にストックされている実用新案公告を検索すると、大正十三年七月十日、鈴木啓正という人物が「煙突除風器」という名称で出願、大正十四年三月二十日に公告されている。

発明者である鈴木啓正は、「啓正式除風器」のほかに、「啓正式パイプハウス」、鉄道で使われた「啓正式標識灯」など、自らの発明品を製造する「啓正式特許器製作所」を個人経営していた。主な納入先は鉄道省、逓信省、陸海軍など。

養蚕農家では「啓正式除風器」が解舒(かいじょ)用として使われたという。解舒というのは、繭を煮沸して生糸をほぐすことを言うが、それの換気のために利用されたと思われる。

昭和の始めころ、便所に除風器を取り付けたのは、一般庶民の家庭ではなく、当時、文化住宅と呼ばれた高級住宅であったことだろう。


●オブジェとしての便所煙突



現存する便所煙突の風車のほとんどが合成樹脂製のものに変わったが、それ以前のものは金属製だった。今でもまれに存在する、錆び付いて味わい深い風情の鉄製風車に遭遇すると、昭和の遺産を見つけたようで嬉しくなってしまう。それに比べて、派手な青色に彩られた樹脂製の風車は、風情も面白みもない。

シンプルな風車のメカニズムの、頭頂部から曲線を描いて直線に交わる羽根により構成された、ロシア正教の丸屋根を連想させるノスタルヂックで優美な造型は、昭和の日常風景のなかに存在した、風の力で動くムービング・オブジェである。

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 22:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

懐かしい。風車のところが赤だったような記憶が。地域によって違うんですかね。

| | 2014/03/08 02:55 | URL |















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