二〇世紀ひみつ基地

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幸福の神「ビリケンさん」大流行

●ビリケンさん米国に誕生

明治四十一年(1908)、米国はカンザスの女性美術教師、フローレンス・プリッツは美術展に出品する作品の構想に頭を悩ませていた。ある夜、フローレンスの夢枕に、とんがり頭につり目の奇妙な像が現れこう告げる「足の裏を掻けば私は満足し、世界の人々に幸福を与えるであろう。私を彫刻して出展するとよい」。夢のお告げ通りの像をつくり出展したシカゴの美術展で、彼女の作品はグランプリを獲得。フローレンスは早速、この像の特許登録を行い、置物や貯金箱をつくり細々と売りはじめた。

明治四十二年(1909)、ニューヨークのホースマン社が版権を購入。体重150kgの巨漢、第二十七代米国大統領、ウィリアム・H・タフトのニックネーム「ビリー」にあやかり「ビリケン」と命名され、アメリカとカナダで売り出された石膏製人形は、ラッキーゴッド、幸福をもたらすマスコットとして人気をあつめ、六ヶ月間で二十万体を超えるヒット商品となり、やがてその人気は世界中広がってゆく。


大黒様と握手するビリケンさん・明治期の絵葉書

大黒様とビリケンさん、日米を代表する福の神が揃う、目出度き意匠の日本製絵葉書。ビリケン人形の台座に刻まれた "THINGS AS THEY" の全文は、 "THE GOD OF THINGS AS THEY OUGHT TO BE." 、これはフローレンスが作成したオリジナルに刻印されていたもの。

●ビリケンさん日本に来る

アメリカで発売された年に日本に上陸したビリケンは、はじめは商家や花街の芸妓たちを中心に縁起物として流行。人気に目をつけた大阪の繊維商「神田屋田村商店」(現・田村駒kk)では、ビリケンに七福神を加えた「八福神」を商標として登録、ラベルや販促用品を彩るキャラクターとして使用され各地に広まってゆく。

明治四十五年(1912)、大阪新世界の第五回内国勧業博覧会跡地に、エッフェル塔をモデルにした通天閣をシンボルタワーとする遊園地・ルナパークが開園する。ルナパーク内に建立された、ビリケン像(石膏製)を祀るビリケン堂は、新世界名物として話題を呼び、ビリケン人形やビリケン饅頭などの関連グッズは飛ぶように売れた。


新世界ルナパークの初代通天閣


●新聞広告に見るビリケンさん

明治末から大正の初期、秋田でもビリケンの置物のほかに、お菓子や漬物など、その人気にあやかった商品が売りだされている。


明治四十四年・新聞広告

時流にのった奇抜な商品を開発していた榮太楼では、ビリケンをかたどったお菓子を発売。ビリケンさんを持ってるだけで「否が応でも」福が来る。


明治四十五年・新聞広告

こちらは千秋公園観桜会の榮太楼特設売店に於けるビリケン大売出し広告。お菓子を買えば、金属製ビリケン人形か絵葉書が貰えるというもの。


明治四十五年・新聞広告

広小路の木内ではビリケンの名を冠した漬物を販売。ビリケン漬というのは、「ビリケン=福の神」で福神漬けのことか。


明治四十四年・新聞広告(部分)

明治四十三年、国産第一号の蓄音器および、レコード盤を製造販売した日本蓄音器商会の広告。「ニッポノホン」は蓄音機の名称であり、レーベル名でもある。

ビクターの商標では犬が蓄音機に耳を傾けているが、さすがに日本のメーカーだけあって、大仏さんが聞き耳をたてている。

日本蓄音器商会の商号は、日蓄工業を経て、昭和二十一年、日本コロンビアに変更された。


大正四年・新聞広告

母性と豊穣多産を象徴するザクロと花に囲まれた女性の隣に、満面の笑みを浮かべたビリケンさんを配した、花柳病予防薬「外用・平和剤」の広告。花柳病というのは、いわゆる性病のことで、当時は秋田でも「花柳病」の看板を掲げる専門医院が存在した。外用とあるから塗薬であろう。「紳士粋客の大福音」なのだそうだ。明治大正期はこの手の広告がやたらに多い。

●ビリケンさん通天閣に復活

ルナパークの閉園にともない行方不明になったビリケン像だったが、昭和五十四年(1979)、通天閣の中に「通天閣ふれあい広場」を設けることになったとき、かつての新世界名物であったビリケン像を復活させようとの声があがり、往年のビリケンさんが木彫で復元された。


通天閣のビリケンさん

以来、通天閣名物として来場者の人気者となり、足の裏を掻いてあげると願いが叶うとの言い伝えから、その足はすり減って大きく凹んでいる。ビリケンさんは足が痒くても、手が短くて自分ではうまく掻けないのだ。

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関連リンク

通天閣公認 ビリケン 公式サイト
明治期に商標登録し、現在も日本に於ける版権を所有する「田村駒」のサイト
ビリケンの作者をE・I・ホースマンとしているのは版権を取得したホースマン社と混同した勘違い

Billiken Gallery
木製、鋳鉄、象牙、クジラの骨、クリスタルなど、様々な素材で造られたビリケンさん

| 秋田市今昔 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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