二〇世紀ひみつ基地

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一日店長はミスヤング・秋田プラザ

広小路「秋田プラザ」二階にあった「ヤング広場」の写真が残っていないか、ネガフィルムを探していたら、こんなのが出てきた。

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昭和47年(1972)12月3日(日)に開催された「72 ミスヤング インターナショナル モデル撮影会」の一コマ。この二人、前日から「秋田プラザ」に来店し、一日店長などのイベントをこなしている。

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1972.12 新聞広告(部分)

さらに夜には川反五丁目のソワレドビル(現・第一ソワレドNKビル)二階にあったサントリーパブ「ラストツーダラー」でまた営業という、まるで新人演歌歌手の、どさ回りのような生活。こうして各地を巡業していたんだろうね。

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1972.12 新聞広告

宇崎竜童がデビュー前、しばらくのあいだ秋田市に滞在し、オープンして間もないソワレドビルの飲屋で弾き語りをしていたと自ら語っていたその店は、バンドが入っていて生演奏も楽しめた「ラストツーダラー」でなかったろうか。

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第一ソワレドNKビル

昭和47年(1972)にオープンした「秋田ソワレドビル」のオーナーは、昭和2年に創業し川反で一世を風靡した朝日興産。

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1974 書籍広告

最盛期はホステス100人を擁した「クラブ朝日」をはじめとして、「レストラン朝日亭」、秋田初の「ゴーゴークラブ・コパ」、サーキット場「朝日グランプリサーキットコーナー」、「クラブ・ラセーヌ」、サントリーパブ「ラストツーダラー」、「クラブ雅」、和風レストラン「加千喜」、メンバーズクラブ「フリーメーソン」など、多くの飲食店を経営した朝日興産は、昭和の終わりとともにその歴史に幕を下ろし、平成元年(1989)4月、川反五丁目「第一ソワレドビル」「第二ソワレドビル」は東京の業者に売却された。

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| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 22:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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