二〇世紀ひみつ基地

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戻り竿燈の風流・川反五丁目

竿燈を出すには多くの経費が必要となるため、ほとんどの町内には特定のスポンサーが付き、提灯に広告を入れて出竿する。企業から差し手や、囃子方が参加する場合もある。

もちろんスポンサー竿燈のほかに、町紋と町名だけの竿燈もあり、妙技会に出場する場合もそれを使うのだが、純粋に町内の資金だけで運営する町内竿燈は、今では非常に稀な存在になってしまった。

川反五丁目は今年、大若三本、小若・幼若各一本を出竿しているが、スポンサー竿燈は一本もない純粋な町内竿燈。コマーシャルレスな竿燈が並ぶ光景は見ていて気持ちがいい。



「川波に日の出扇」の町紋に、裏は「川五」の墨文字。竿燈初参加が昭和三十六年と、その歴史からすれば新しい町内である。

さびれた商店街を抱えた他の町内などと違い、今でもあれだけ多くの飲食店が営業しているのだから、資金も比較的集めやすく、企業に頼るまでもないのだろうと想像できる。不況の波にさらされて衰退したといえども、「腐っても鯛」ならぬ「腐っても川反」である。


夜本番の川五・垂れ幕仕掛け
07.08.06

最終日、夜の本番の川反五丁目の竿燈は、最下部の横竹に垂れ幕を仕掛け、竿燈が高く上がった瞬間、それが開くいう余興で大きな喝采を浴びていた。垂れ幕の内容は、「祝竿燈」とか「国体でお逢いしましょう」など。

夜の本番が終わり、哀愁をふくむ「流し」のお囃子にのせて竿燈が町内に帰ると、それぞれの会社や地元町内で竿燈をお披露目する。

これを「戻り竿燈」といい、交通止めにした狭い小路で電線をかいくぐって行われるもの、広い空地で演技する町内など様々で、スポンサーへのお礼の意味を込めて、その会社やホテルの前で演技する場合もある。


川反通り

竿燈が終わってから川反に繰り出したことのある方なら御存知のように、川反五丁目の戻り竿燈は、人力の舟形囃し屋台とともに、川反通りを竿燈を披露しながらゆっくりと進み。五丁目の稲荷神社に仮設した竿燈事務所に帰着する。


川五・戻り竿燈
07.08.06

戻り竿燈の仕掛けは、本番で使用したものに代えて、今度は「川反商売繁盛」と、特別スポンサーになった店名を入れた垂れ幕を流し、その店の前で披露する。店内から浴衣姿のホステスや、キャバ譲らが出てきて歓声をあげる華やかさ。


川五・戻り竿燈
07.08.06

犬を抱きながら腰で竿燈を支えている。父親が幼い子どもを片手に抱えて、腰で竿燈を上げる「子抱き」は、本番の竿燈でもたまにみられるが、「犬抱き」というのは始めて見た。



秋田音頭・組音頭(出刃に番傘)
07.08.06

竿燈を上げる前に秋田音頭の披露もある。五日には、たまたま居合わせた、秋田民謡界の重鎮・小野花子が歌を唄うというなんとも贅沢なオマケ付き。

かつての川反といえば、夜な夜な芸妓たちが秋田音頭を唄い踊り、全国へと広めた、いわば原点といえる場所。そんな川反で見る秋田音頭は感慨深いものがある。

観光化された祭りではなく、地元に密着した竿燈本来の風流が味わえる戻り竿燈を楽しむなら、竿燈大通りにもほど近い、川反通りをお薦めしたい。

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