二〇世紀ひみつ基地

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タウトの宿・旧金谷旅館

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旧金谷旅館
秋田市保戸野通町「高砂堂」裏、旭川沿い。
開業は明治期。旅館は廃業し所有者も変わった。

日本を愛し日本美を世界に紹介したドイツ人建築家・ブルーノ・タウト。
昭和十年五月、秋田駅に降り立ったタウトと日本人助手は、駅長の薦めで当時市内では一番有名だった「石橋旅館」に宿泊するが、豪華絢爛な日光東照宮を嫌い、簡素な桂離宮を好んだタウトは、この旅館を「大名風ではあるが、やはり垢抜けのしないイカモノだ」と、あまりお気に召さない。

廊下に飾られていた勝平得之の小さな版画を見て、助手の上野君は勝平氏に秋田の案内を頼んでみようと提案、市内の町家、郊外の農家などを案内され、「秋田にはまだ非常に美しい型の家が保存されている」「秋田はまことに北日本の京都だ」と絶賛している。

「石橋旅館」には大臣一行が宿泊し満室になるとのことで、タウトらは勝平氏が紹介してくれた「金谷旅館」に移った。タウトが泊まった部屋は、裏手にみえる三階の一間。

この宿は前の旅館にくらべるとずっと質素であるが、非常に親切な、居心地のよいサービスをしてくれるし、また値段も恰好である。
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清楚な感じの若い女中さんは、夏よりも冬のほうがずっとよろしゅうございます、といった。だから冬になったにもう一度秋田を訪れようと思っている。
『日本美の再発見』より

タウトは翌年の二月にもここに宿泊している。旅館もさることながら、オトキさんという若い女中さんが大層気に入ったようだ。しかし、階下から漂ってくる厠の香りには閉口している。旅館の一階には、タウトも入浴した、銭湯「杉の湯」が最近まで営業していた。

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関連リンク

建築家ブルーノ・タウト - ドイツニュースダイジェスト

ブルーノ・タウト - Wikipedia



| 秋田市今昔 | 23:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

はじめて知りました。

はじめまして親族の者です。ちなみに赤い車は私の車でした。
はじめて拝見させていただき、歴史を知りました。
昔、旅館であったこと、有名な外国の方が来て風呂に入らて本に書かれたこと。それくらいは知っていましたがそれがどこのどの人であったかは今日知りました。本も取り寄せてみようと思います。

こんな風に紹介していただき、死んだじいさんも大変喜んでいると思います。ありがとうございます。

| はじめ | 2005/12/08 19:45 | URL |

コメントありがとうございます。

そちらには三年ほど前に伺ってお話を聞いたことがあります。
タウトも使った杉の湯は、
銭湯として営業しているときに一度は入りたかったです。
旅館の方は明治末期にはすでに営業していたようですね。

| たふらんけ。 | 2005/12/09 21:22 | URL | ≫ EDIT















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