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通町橋から秋田市役所を望む


秋田市役所・明治四十年代

木造の通町橋の左手に、水道管が渡され、その向こうの土手長町上丁(現・千秋矢留町)に、まだ出来て間もない二代目の秋田市役所が建つ。

土手長町の秋田監獄が南秋田郡川尻村(現在の秋田刑務所の地)に新築移転、その跡地に竣工した市庁舎で、この地には藩政時代にさかのぼると、御会所という行政の実務を執行する機関が存在した。

初代の市役所は、土手長町中丁(現・中通三丁目)にあった南秋田郡役所で執務を開始。五月に初代市長小泉吉太郎が選ばれ、七月十二日、開庁式を迎え、以来この日が市制記念日となった。明治三十八年七月に失火により全焼、仮庁舎を大町三丁目に置く。

明治四十二年、土手長町上丁に新庁舎落成、伊藤博文は開庁を祝し「忘己報公」の揮毫を寄贈。「己を忘れて公に報いる」、はたして今の役人に、この志をつらぬく人物がどれほど居るのか。

当時の秋田市は中心部だけの小規模の町だったが、大正末期に、河辺郡牛島町、南秋田郡川尻村、昭和十六年、南秋田郡土崎港町・寺内町、河辺郡新屋町が合併。戦後は下浜、金足など周辺の村を合併し、行政規模と職員数がが拡大するにつれて、市庁舎も増築をかさね敷地を拡張していく。

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北隣に増築された庁舎

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07.05 通町橋から旧市役所の地を望む

二代目市役所があったのは、今のガソリンスタンドとJA秋田のあたり。周囲に関連施設が並んでいた。


大きな地図で見る
旧秋田市役所界隈

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