二〇世紀ひみつ基地

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大正時代のコスプレ観桜会


通町橋を渡る仮装行列

「川反連仮装行列」と題された、大正初期の絵葉書。

参加者は川反芸妓と料理屋の関係者と有志、おおよそ百五十名。川反四丁目の芸妓置屋に集合した参加者は、思い思いの扮装に着替え、午前十一時頃、楽隊を先頭に、後尾に馬鹿囃子を配して賑やかに町に繰出す。

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通町橋を渡る仮装行列

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羽根のあるフェアリーのような扮装も

一行は横町、豊島町、茶町、通町、土手長町などを練り歩き、広小路から中土橋を通って千秋公園に登り、本丸で観桜の酒宴を張るのだ。

行く先々は黒山の人だかり、多数の警官が取締るなか、恒例の行列を今や遅しと待ちうける。

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川反連のほかに各団体、組合等も仮装団を結成し市内を練り歩いたあと、千秋公園に観桜の宴を張ったが、その人数と華やかさで、川反連に優るものはなかった。

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旭川の土手にて

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千秋公園本丸にて

戦後になっても、昭和四十年代あたりまでは、盆踊大会、文化祭、地域のイベントなどで仮装行列は定番の行事だった。秋田市有楽町通りを車両通行止めにして開催された仮装盆踊りは、参加者も見物人も多く盛大なもので、奇抜な仮装を凝らして踊る人々の姿が、子供心には恐ろしさも伴って、えもいえぬ不思議な光景に映った。

西馬音内盆踊りの衣装と菅笠、顔を覆う黒覆面などは、生者が亡者に変身するための仮装であり、死者と生者のおたがいが踊り遊ぶ饗宴の場こそが盆踊りの本質だという。

江戸時代以来の伝統をもち脈々と受け継がれてきた仮装の文化。それは「自分ではない何者かに変身する」という、非日常のハレの日にだけ許される行為であった。

非日常と日常の境界があいまいになった現代では、仮装する意味が希薄になり、仮装文化は衰退してしまうのだが、日本人の仮装好きの血は、アニメキャラなどに扮装することを喜びとするコスプレーヤーたちに受け継がれ現代に蘇る。それは突然変異ではなく、人間の普遍的な変身願望の発露であるのだろう。

| 祭り・民俗・歳時記 | 23:30 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

そういえば京都の祇園祭?の時に仮装行列がかつて行われていたのを復活させたとのニュースがあったようなきがします。
特に「時代祭」は仮装行列の祭りですよね?
昔々、子供の頃家に来て祈祷?なのかお祝いなのかは子供ながらには全く理解できなかった秋田漫才???でしたっけ???
いろんなお面があって怖かった事を思い出します・・・
たぶん獅子舞のような縁起物だったのでしょうが、未だ良くわかりません。
出来れば教えていただけませんでしょうか?

| みつうま | 2007/04/27 00:46 | URL |

みつうまさん おひさしぶりです。

日本全国にある大名行列というのも、仮装行列の一種ですね。
昔は正月に門付けに来た秋田萬歳は普通、お面は被りません。
「いろんなお面」とのことで、ナマハゲ系の行事も考えられます。
秋田市西部地区の下浜、豊岩のあたりには、ナマハゲに良く似たヤマハゲという
小正月行事が今も伝承されています。

お面で思いだすのは、御舟町(登町)の鹿島祭り。
お払役の人が鬼の面をつけて、錫杖をジャラジャラ鳴らしながら町内を歩く姿は、
ホントにオッカネがった。

| たふらんけ。 | 2007/04/27 22:00 | URL |

謎のお面はかぶらずに飾るように並べて飾っていたように記憶しております。
いったいなんの行事だったのでしょうか?
子供の頃の記憶なのであいまいすぎて申し訳ありません。
実家にも聞いてみようかとおもいます・・・

クリスマスのサンタクロースも西欧の一部では「なまはげ」のような存在の所もおるようですね?
興味深い話ですね?

| みつうま | 2007/04/29 01:17 | URL |

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| - | 2015/10/28 20:01 | |















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