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大島商会開業・明治三十五年

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旧大島商会店舗

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書籍広告・明治三十五年

大島商会が開業して間もなく発行された書籍『秋田案内』に掲載された広告の一ページ。書籍よりも大きいため折りたたまれており、その裏表を大島商会の広告が占めている。

長方形の枠にバランスよく収まるように、縦長にデフォルメさているものの、建物の特徴をよくとらえた錦絵めいた構成のイラスト。

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実際よりも奥行があるように遠近法で描かれた店内、当初はウインドウがあったと推定していた左右のアーチは、解放された出入口のように描かれているのだが、実際はどうだったのだろう。

大島商会が開業した明治三十五年五月二十九日付の魁新報にも、これと同じイラストが掲載され、建物に関しては「秋田県内に於ける最初の煉瓦造商店にて……」とある。

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書籍広告・明治三十五年

広告の裏には以下のような広告文と自転車価格表がある。

「当商会に委託せられたる商品は委託者より指定の正価を付し……」と委託品を正札で販売することを方針とし、「当商会店舗の構造は白熱製煉瓦を用い欧米最新式の構造なるを以て安全にして火災盗難の患なく……」と、高温焼成煉瓦を用いた建物の堅牢を謳っている。

目下の委託品は、「各地の漆器、諸産物」「秋田産精製漆」「秋田産八丈織」「地織縞木綿」「亀田ぜんまい織」「各地産陶器」そして後に大島商会の主力商品となる「自転車」。

自転車以外は、秋田を中心に各地の特産物が並び、洋品雑貨店というよりも、明治期に博覧会の余り物を売ったのが始まりという勧工場(かんこうば)のような品揃えだ。

開業時に委託商という形態をとったのは、建物に過剰投資してしまったため資金難になり、商売が軌道に乗るまでのしばらくのあいだは、このように委託品を販売せざるを得なかったのかもしれない。

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日本国内での本格的自転車製造が始まるのは明治三十四年ごろ、国産車はまだ品質も悪く、米英製の輸入自転車の全盛時代だったため値段も高い。

いちばん安いペナント号で七十五円、英国製最上級車が二百七十円。教員の初任給が十円ほど、一人前の大工の手間賃が一日一円ほどだった時代、自転車は限られた者だけが所有できる贅沢品であったことがわかる。

※明治大正期の広告等の店名は「大嶋」と「大島」が混在し「大嶋」のほうが多いが、登録有形文化財の登録名は「旧大島商会店舗」であり、文献も「大島」としているものがほとんどなので、表記は「大島商会」に統一した。

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