二〇世紀ひみつ基地

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旧野口酒造酒蔵・通町

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秋田市通町 明治初期の酒蔵だけが残る

藩政期の秋田には酒造家(さかや)が多かった。明和七年(1770)の記録では、久保田町(土崎、新屋、牛島などをのぞく秋田市中心部)だけでも、五十三軒もの数が記録され、通町だけで五、六軒の造り酒屋があった。

通町のなかでも、野口酒造は最後発の酒造家。
明治四年、秋田市上通町に初代・野口周次郎が創業。酒酩「親玉」。
北海道市場開拓に努め、当時他県の有名銘柄も入り込むのが困難だった北海道に堅い地盤を広めた。「親玉」は大正九年、奥羽連合清酒醤油品評会で優等賞、大正七年、十年に秋田県清酒品評会で優等賞を受賞し声価を高める。昭和十九年、国の企業整備により廃業、秋田酒類製造株式会社(高清水)に整理・統合され、株主構成員として参加する。

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鏡、剣、玉の三種の神器をデザインした包装紙

インパクトのあるブランド名である。

| 秋田市今昔 | 22:30 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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| - | 2006/02/13 16:34 | |















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