二〇世紀ひみつ基地

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♪愉快なロンドン♪楽しいロンドン‥‥

川反四丁目で約三十年間営業を続けていた「キャバレー・ロンドン」が店を閉じ、あの昭和風俗遺産とも言えるレトロ看板があった建物は改装され、新しい店になっていた。


在りし日のロンドン

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70年代後半から80年代前半、秋田放送の深夜番組「11PM」の枠で流れていた、英国近衛兵の帽子にミニスカの女性たちがラインダンスを踊る、キャバレー・チェーン「三経ロンドングループ」のテレビCMは、耳に残るCMソングとともに強いインパクトを視聴者に与えた。

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川反にロンドンA館、B館が開店したのは昭和五十二年(1977)。

すでに秋田には有名なグランドキャバレー「ハワイグループ」が進出し、県内に店舗を拡大しており、その他の中央資本系列のクラブなどもふくめて、川反のほかに山王、駅前に次々に開店し、キャバレー戦国時代をむかえていた。

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秋田ハワイ観光の市内チェーン店

店の前での「客引き」は川反の品位をそこねると批判され、やがては鎮静化するのだが、客の争奪戦の前に、ホステスの引き抜きという仁義なき戦いが、夜の川反を舞台に過激に展開されていた。

昭和五十二年五月、川反での出来事を魁新報が伝えている。

ホステス引き抜き過熱
店同士があわや抗争
秋田署警戒、事情聴く

ホステス確保がついに店同士の対立抗争に発展-秋田市の飲食店街川反で十八日夜、二回にわたって飲食店同士のボーイ数十人が「引き抜いた客を返せ」といがみあい、抗争寸前となった。このため秋田署からパトカーが出動して双方を説得、事なきを得た。これは最近同市に中央資本のキャバレーなどが次々と開店したため、キャバレー、クラブの数が増え、従来から不足気味だったホステスの争奪戦を演じているためだ。‥‥後略‥‥

有能なホステスを引き抜かれるということは、同時にその娘についている上客も根こそぎ持っていかれるということ、店にとっては死活問題なのだ。

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ロンドン・求人広告

中央のキャバレーチェーンが進出するまでは、日給五千円保証が相場だったが、この時点では八千円から、なかには一万円以上を保証する店もあったという。通勤にはマイクロバス、独身寮に保母さん付き母子寮と至れり尽くせりの内容が、当時のホステス不足の状況を表している。

ホステスの人材不足で審査基準も甘くなり、年齢・容貌を問わない採用で、一部のキャバレーは「お化け屋敷」と揶揄されることになる。

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「ロンドン」を改装して開店した CLUB VANILLASKY。


| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 22:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

うちの父はロンドングループで北海道の支店ほとんどを任されていたらしいです。
自分もホステスをしていた時に。
名が通っているクラブのママに「あなたのお父さん知ってるわよ」と言われた時に不思議に思っていましたが。
最近になって父も夜の業界に居たのを知りましたWww。
こーゆーところで父はがんばっていたんですねー・・・。
ありがとうございました♪

| いくえ | 2009/02/27 05:20 | URL |















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