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ホジナシの語源を探る・秋田方言



秋田の方言「ホジナシ」の「ホジ」は、仏教用語の「仏・菩薩の本来の姿」を表す「本地」が語源で、その「本地」は後に「正気・本心」という意味にも使われるようになる。つまり「ホジナシ」とは、「本地=正気」が無い者、しっかりした意識が無いヤツを意味する。

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秋田では幼い子どもに「やっとホジ付いてきたなぁ」(しっかりした意識を持った子供に成長してきたな)というふうにも使われ、酒を飲んでつぶれた状態は「ホジを無ぐす」(正気を失う)と表現される。青森県下北では、酔っぱらって意識を無くすことを「ホンジを落とす」というのだそうだ。「ホジ」は、無くしたり、出たり、付いたり、落としたりするモノ。

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方言辞書のなかには「ホジ無い」を「方図(ほうず)無い」と解するものもある。「方図」とは「限り・限度・際限」という意味で、「方図無い」とは「際限が無い」ことを表すのだが、これでは何のことかあいまいで、「ホジが付く」「ホジが出る」「ホジを無くす」という方言の意味を解説することもできない。ために「ホジ=方図説」は間違いといわざるをえない。

平安末期の『堤中納言物語』「虫めづる姫君」に「本地・ほんぢ」は「もとの姿。本性。物の本源」という意味で使われている。

原文
人々のはなてふやとめづるこそ、はかなくあやしけれ、人はまことあり、ほんぢたづねたるこそ心ばへおかしけれとて‥‥‥

現代語訳
みんなは花や蝶々を鑑賞して喜んでいるけれど、それは違うと思います。人は、誠実に、モノの本性を見究めようとする事が素敵だと思うのです。

南北朝時代の成立という、御伽草子『酒呑童子』において、酒呑童子はこう語る。

原文
かのやつばらが是(これ)までは、よも來(きた)らじとは思へ共(ども)、つねに心にかゝる故(ゆへ)、酔(ゑ)ひても本地(ほんぢ)忘(わす)れずとて

現代語訳
あの連中が、よもやここまでは来るまいとは思うけれども、いつも気にかけているので、酒に酔っても、私は「ほんぢ・本地」を忘れないのだ

酒を飲んでも、自分は「本地なし」になることは無いと酒呑童子は自信満々に語る。「ほんぢ・本地」は、この時代の民衆にはなじみ深い流行り言葉であり、酔っぱらって意識を失った者を「本地なし」と呼んだに違いない。

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文化の中心・京都から南北朝時代に出発した流行り言葉「本地なし」は、同心円状に四方に拡散していく。言葉は人の口から口へと、ゆっくりと永い旅を続け、辺境へとたどり着いたころには、中心である京都では、すでに新しい流行り言葉が生まれて古い言葉は廃れ、辺境の地に行けば行くほど古い言葉が残ることになる。

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ホンジナシ系言語分布図
参考『全国アホ・バカ分布考』 松本 修   新潮社

アホ・バカ系言語のなかでは最古の、ホンジナシ系言語の、おおまかな分布イメージである。

※現代仮名遣いでは「ほんじ」とするのが正解だが、旧仮名遣い「ほんぢ」のほうがもともとのニュアンスを伝え、ロゴデザイン的にも美しいため、画像はすべて「ぢ」に統一した。

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