二〇世紀ひみつ基地

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樅の木は残った・千秋公園


「千秋公園舊馬場ノ景」と題された大正初期の絵葉書より

季節は夏だろうか、大正から昭和初期にかけて流行した、麦藁のカンカン帽をかぶった着流しの男たちが、旧馬場の並木道を歩いている。

場所は千秋公園二の丸、旧児童動物園から弥高神社のあたり。並木はモミの木。

藩政時代、この一帯には、厩(うまや)役所、厩、馬場(馬術訓練コース)があり、馬場の両側にはモミの木が植えられていた。

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秋田市千秋公園鳥瞰図より(発行・昭和十年頃)

馬場のモミ並木は、旧児童動物園の一部を通って、えびや食堂、弥高神社社務所から、レストラン裏の竹林のあたりまで伸びているのが、この鳥瞰図からみてとれる。図では「梅園」となっている馬場の東側には厩があったという。

ちなみに、弥高神社はもともと広小路のカワイ楽器の地にあったが、そこに新たに県立図書館が建設されることになり、大正五年、現在地に遷されている。

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突当りに土手がある旧馬場は、弓場に最適な環境だった。

昭和二十五年(1950)、旧馬場跡に児童動物園が開園。
そのころまでは、モミ並木の一部も保存されていたようだが、次第に立ち枯れが進み、現在は旧動物園のなかに、たった一本だけ生き残り、市の保存樹に指定されている。

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保存樹・馬場のモミ

寒冷地のモミは、成育が早く寿命が短いが、馬場のモミが特にその傾向が顕著な理由として、蒸気機関車の煤煙、動物園になってからは人通りが激しく、根土が踏み固められ、樹木の生長が阻害されたためではないかといわれている。

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