二〇世紀ひみつ基地

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検便の朝の憂うつ

小学校低学年のころの「検便」容器は、自宅で使ったマッチの空き箱だった。

検便につかうウンコは、その朝生まれたての新鮮なものでなくてはならない。
提出日の朝は新聞紙と割りばしを手に、汲取り便所に向い、しゃがんだ尻の下に新聞紙を両手で持ってりきむ。ウンコを少し受け取とると両手に重さが伝わってくる。それを脇に置き、残りのウンコをひねりだしたあと、新聞紙に乗ったウンコから割りばしで親指ほどの大きさをつまみだしマッチ箱に収納する。


ウンコがでかすぎ

自分の分身であるウンコを、これほど間近でをじっくりと眺める機会はめったにない。一般家庭には洋式便所などなく、足下にブラックホールのごとき暗闇が広がる汲取り便所があたりまえの時代だったからなおさらのこと。

ウンコを柿の葉などの厚めの木の葉のせてから、マッチ箱に入れる場合もあるらしく、さらに時代をさかのぼると、ハマグリの容器が使われたという。

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マッチ箱の検便容器

くだんのマッチ箱はビニール袋に入れ、しっかりと口を結わえてランドセルに忍ばせ学校に向かう。いくらしっかりと密閉したつもりでも、所詮は気密性のないマッチ箱のこと、その朝の教室には、約五十人のウンコがブレンドされて微妙なフレーバーを醸しだしていた。

三年生になるころには、マッチ箱からブリキの容器に変わった。直径三センチほどのそれは、缶詰かなにかのリサイクル品で、蓋を開けると鮮やかな模様や文字が刷りこまれていた。ブリキ製の容器はその後、より気密性を高めた、オロナイン軟膏の携帯容器のようなプラスチック製に変わった。

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ブリキのリサイクル検便容器

高度経済成長のさ中、農業は糞尿肥料から化学肥料への転換が進み、寄生虫の保有率は低下し、中学生になるころには検便は廃止され、肛門に貼るシール式のぎょう虫検査にとって代わる。

生活水準の向上による寄生虫保有率の低下とともに、花粉症やアトピーなどのアレルギー疾患が増加していく。体内に寄生虫が居るとアレルギーになる確率が低下するという研究があるが、もしそれが真実ならばなんとも皮肉なお話である。

検便の朝に、いくらがんばってもウンコが出ないため、家族から借りたとか、飼い犬のポチのモノを入れたのが発覚して叱られたとか、大きな徳用マッチ箱いっぱいに詰めこんで持ってきたヤツがいたとか、検便にまつわるうわさ話は、同時代の子どもたちには共通の話題だった。

検便で寄生虫の卵が発見されると、虫下しの薬を飲まされる。
いつだったか、それを飲んだ翌朝から緑色のウンコが出たことがあった。これには驚いて、「自分は死ぬんだ」という、わけのわからぬ妄想にとりつかれた間抜けな少年は、しばらくのあいだ絶望の日々を送ったのだ。

今思えば、微妙な年頃の女子にとって、検便提出日ほど気恥ずかしく憂うつな朝はなかったのではなかろうか。

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 21:30 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

検尿

たふらんけ さんおひさしぶりです。
検便ではなく検尿の思い出なのですが、、、^^;

醤油差しのような検尿容器に間違ってウ●コを詰めてきた学友がおりました。
これは、かなり苦労したと思われます。(笑)

| Tamakura | 2006/03/22 10:36 | URL | ≫ EDIT

たふらんけさん、いつも涙を流しながら見ています。ブリキの缶は私の時はサッツポロの缶でした。やはりマッチ箱からはじまり、ブリキ缶、出ないときは保健室の先生に耳掻き棒(透明なガラスだったかな?)のようなもので肛門をぐりぐりされた記憶があります。マッチ箱に詰めるときはいい所を選んで詰めたものです。やはりマッチ箱にたっぷり詰めて、それを持った先生がおもわずヨロケタと言う話も我が中通小ではありました。

| 昭和28号 | 2006/03/22 21:52 | URL |

Tamakuraさん
そんなボケをかまして話題を提供してくれるヤツが、クラスにひとりはおりましたね。

昭和28号さん
その「棒でお尻グリグリ」というのは初耳です。なんか淫靡な保健室プレイを連想してしまいました(^_^)

| たふらんけ。 | 2006/03/22 22:43 | URL |

たふらんけさん、残念ながらおばさん先生だったと記憶しています。それも裏口側便所で、いまのライオン・・マンションの方でした。そんな小さな事を覚えてるという事はよほど屈辱的な事だったのかもしれませんね。それはそうと、あかずの便所の話聞いた事がありますが、よく覚えてません。たふらんけさんなら知っているかもしれませんね。ぜひ御教受のほど・・。もしかしたらあかじ・・の便所どっちだったかな?

| 昭和28号 | 2006/03/23 23:29 | URL |

保健室にはおばさんしかおりませんでしたね。もっとも、小学生からみれば大概の女性がおばさんでしたが。

「あかずの便所」というのは、どこにもある「学校の七不思議」のような都市伝説のひとつなんでしょうね。あのころの木造校舎の小便所には便器など無く、コンクリートにU字型の溝があって、板の仕切りがあるだけでした。

| たふらんけ。 | 2006/03/23 23:58 | URL |

そういえば・・

小便所では小さいくせに右手で竿をつかみ、左手で竿を隠すようにして見られないようにカバーして、オシッコしたものです。小さいころから見栄ぱりの性格だったのでしょうか?それともヒガミ根性の性格だったのでしょうか?閑話休題、検便で思いだしたのですが我が中通小では回虫、さなだむし、等などホルマリンずけの見本が10本ほどありました。これらは国政の衛生観念による全国配布となったのでしょうか?サンプルを取った人は地元人によるものなのでしょうか?いまさらながら不思議です・・・?

| 昭和28号 | 2006/03/27 21:31 | URL |















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