二〇世紀ひみつ基地

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我家のマッチは「ひよこ」のラベル

マッチは日常生活の必需品だった。
食事の支度もストーブに火を付けるのも、煙草を吸うのもマッチがなくては始まらない。製造メーカーも多く、販売店が新聞広告を打つほどの主力商品だった。


昭和二十六年 新聞広告

経木と紙で出来ていたマッチ箱が、昭和二十九年ころから引きだし(中箱)が紙製の小箱に、昭和三十一ころには外箱も紙製に切り替えが始まったというが、昭和三十年代にはまだ経木のマッチ箱が流通していた。

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昭和二十七 新聞広告

マッチの商標(ラベル)には「カモメ」「馬蹄に馬」「御所車」などがあったが、我家ではもっぱら「ひよこ」のマッチを使っていた。

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物心がつかぬうちから身近にあって、毎日目にしていた「ひよこ」のマッチ。そのラベルは、黒地に黄色の「ひよこ」が目をひく、シンプルでありながらインパクトのあるグッドデザイン。なによりも「ひよこ」が愛らしく、かつ暖かみを感じさせるものに仕上がっている。そんな「ひよこ」のラベルが好きだ。

銀行や飲食店が無料で配る広告マッチの需要が大きく、戦後日本のマッチ生産量は昭和四十八年(1973)に八十万マッチトン*となるも、百円ライターが出現した昭和五十年(1975)以降は激減し、現在の生産量は最盛期の二十分の一という。

*マッチトン
並型マッチ(56×36×17mm)7.200個を1マッチトンとするマッチの計量単位。

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 23:30 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

 今日の墓参りで久しぶりにマッチをすりました。
 マッチトンという単位を初めて知りました。【マッチの世界/マッチの雑学】も訪れてみて奥深さの片鱗に触れました。
 鈴五商店の秋田市酒田町という町名も初めて聞いた町名でしたが、旭南二丁目にあたり、「高清水」が創業された場所だったんですね。
 辻源という会社は、旧上肴町の角(現在のMr.ドーナッツの向かい)にあったものと同じかな?広告では本町にあり、現在は卸町にある会社と同じかな。本町も八橋本町だろうが昔は本町だけだったのかな。

| harropage | 2006/03/21 11:16 | URL | ≫ EDIT

マッチを使う機会は盆と彼岸くらいになってしまいましたね。

卸町に移った雑貨商「辻源」があった「本町五丁目」というのは、今の「大町五丁目」のことです。
「大町」は一丁目から三丁目までで、四丁目から南は「本町」でした。

| たふらんけ。 | 2006/03/21 20:26 | URL |















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