二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●音楽●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

土曜の午後はサテライトスタジオで

広小路が放課後の遊び場だった中高生のころ、半ドンの土曜の午後は、協働社へ行ってサテライトスタジオを見物するのが定番のコースだった。

20060206203324.jpg

協働社ビルの二階への階段を上ってすぐ、天井にぶらさがるように設置された、ガラス張りのサテライトスタジオ、そこからは秋田放送のラジオ番組が生中継されていた。

20060206203243.gif
昭和四十二年(1967)広告

秋田にただひとつの“音のショーウインドー”
<秋田放送・協働社サテライトスタジオ>
音楽・クイズ・リクエストでつづる楽しい30分番組
毎週 日曜・火曜・木曜・土曜日 2:00PM~2:30PM

写真/大映スター 姿美千子・倉石功
を招いてのサテライトアワー(昭和39年1月)1964

姿美千子は1960年代の女優。現役俳優の倉石功との共演は、昭和三十八年、舟木一夫主演「高校三年生」がある。映画スターがゲストということで、店内は鈴なりの見物客でごったがえしている。

時はアイビーファッションの全盛期。石津謙介の「VAN」と、女性版アイビールックの「エフエル」、どちらも、この時点では協働社が県内随一の特約店。

昭和三十八(1963)年八月、協働社・広小路本店オープン。その年の十二月二十四日、サテライトスタジオが開局し、第一回目の「サテライトアワー」が放送された。当初は日曜と水曜の午後二時からの一時間番組で、司会は、神永光と柏木椒子。

ラジオの新しい魅力
サテライト・アワー

【秋田放送二・〇〇】新鮮なアイデアに富む番組が生まれ、聴取者を引き寄せ、リアルなコマーシャルができる画期的なラジオのスタジオ「サテライト・スタジオ」が開設する。このサテライト・スタジオは、秋田市広小路にある協働社ビル内に設置したもので、ガラス張りで常時いろいろな照明でいろどられるウインドー形式のスタジオ。いわば音と光りのショーウインドーである。放送形式は、これまでの放送局のスタジオをそのまま局外に出したもので、アナウンサー、プロデューサー、ミキサーがスタジオにはいり、サテライトの最大の魅力“通行人が番組に参加する”。

開設を記念して第一回のサテライト・アワーの放送は、こけら落としの意味も含めて、落語家・三遊亭三笑をゲストに迎え「サテライト・アワーあなたもあなたもリクエストをどうぞ」で処女電波を発する。

番組内容は、音楽、クイズ、ゲスト・コーナーなどで構成されるが、音楽は全曲リクエストで、カードとインタビューによって場内のお客さんからリクエスト曲をうかがう。クイズは“ずばり買いましょう”“ピョン・ピョン・クイズ”などで、商品に関係あるプライス・クイズである。

初放送当日のラテ欄より

「ずばり買いましょう」のネーミングは、当時の人気ТV番組「ナショナルプライスクイズ・ズバリ!当てましょう」のパクリ。「ピョン・ピョン・クイズ」は協働社のうさぎのマークにちなんだもの。

のちに番組名は「サテライトタイム」となり、丹内百子、藤尾隆造などが単独で司会を務めている。竿燈の会場内アナウンスを永くつとめていた藤尾隆造の美声は忘れがたい。祭りの前日、この人のマイクテストの声が界隈に響くと、祭りの季節がやってきたことを身にしみて実感したものだ。

サテライトスタジオからの中継が終われば、上階のゲームコーナーで、ピンボールなどで遊び、ジュークボックスで音楽を聴き、フトコロに余裕があれば、食堂街で飲み物を飲みながら、たわいもない話をする。あとは広小路のデパートを巡り、天気が良い日はお堀のボートに乗ったり、楽しい土曜の午後はまたたく間に過ぎてゆくのであった。

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 22:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

ともだちDJ

おれの友達が一時DJをやっていた時があった。
今は仙台にいっちゃったけど、多分1973~4年頃の話だと思う。

| wani | 2006/02/21 10:47 | URL |















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://20century.blog2.fc2.com/tb.php/153-166a498d

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT