二〇世紀ひみつ基地

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川反五丁目雪景


「川反通りの雪景」と題された昭和始めころの絵葉書

絵葉書には川反何丁目かは記されていないが、右奥のビルディングは、その特徴のある屋上の造りから、五丁目角にあった「開運堂菓子舖※」と思われ、位置関係から推察すると、この写真は川反五丁目の風景に違いない。

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開運堂と思われるビル

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勝平得之『四丁目橋夕景』昭和初期

橋のたもとには客待ちの人力車、土手を削って造られ建物から伸びるデフォルメされた影が幻想的な勝平の初期作品。四丁目橋を渡った左手に「開運堂菓子舖」の洋風建築が見える。

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芸妓置屋と料理屋の並ぶ通りでカメラに目を向ける女性たち。三人連れのうち幼さの残る女の子二人は半玉さんだろうか、角巻※(かくまき)姿で口元を隠すしぐさが可愛らしい。寒くてかじかんだ手を息で暖めているのかもしれない。その後ろには少年がこちらを見ている。電柱広告の文字は「クラブ白粉」。

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現在の川反五丁目通り



※開運堂菓子舖
天保十年(1839)川反に創業した老舗菓子店。開運堂のサイトによれば洋風店舗(写真あり)は、大正十四年の竣工という。現在、店舗は登町に移転、経営者が変り「株式会社かおる堂」のブランドグループとなった。川反の跡地には「八番館ビル」が建っている。

四丁目橋に夜のとばりが落ちる頃
戦前の「開運堂」レトロ建築


翁屋開運堂
http://www.okinaya-kaiundo.com/index.html

※角巻
北海道・東北の女性が使用した防寒着、木綿などで作った「かぶり」と呼ばれる頭巾をかぶり、その上または肩から、羊毛や綿を用いた厚い正方形の角巻を二つ折りにして前で合わせて着るが、写真では「かぶり」はつけていない。

| 秋田市今昔 | 22:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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