二〇世紀ひみつ基地

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金萬は浅草から…

調べ物のため、昭和五十九年の魁新報マイクロフイルムを閲覧していたら、「金萬」の企業紹介記事が目にとまった。

それによれば、昭和五十五年に逝去した創業者が、東京浅草で繁盛するまんじゅう店にヒントを得て、その機械を購入、当時としては珍しいガラス越しに製造工程を見せて即売する商法がヒットし、現在(昭和五十九年)は一日に二~三万個を生産しているという。

浅草のまんじゅう店といえば、新仲見世通りアーケード街、中村屋の「都まんじゅう」に違いない。

20051209224941.jpg
焼印比較

中村屋では今もガラス越しの実演販売を続けており、全国の都まんじゅう系の店でも製造工程を見せている例が多い。

あの半自動の製造機械がカチャカチャと動いて、まんじゅうが完成する工程を見せることこそが、「金萬」のヒット要因だったのだから、是非とも初心に帰って本店での実演販売を復活してもらいたいものだ。

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2015.10 追記

その後の調査で「金萬」創業者・大内正見氏が東京で見たまんじゅうの実演販売は、浅草のデパート「松屋」の「都まんじゅう」であったことが判明。

浅草・中村屋の「都まんじゅう」はすでに廃業している。

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関連リンク

浅草 中村屋・都まんじゅう

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