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佐野薬局・通町

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秋田市保戸野通町・佐野薬局
昭和三十年代

平入りの旧店舗。薬品名がズラリと並んだ名物の屋根看板。左の伊藤履物店と佐野の間にある、間口の狭い通町郵便局は大正期からこの場所にあった。

佐野家の先祖は越後の人で、元和年間(1615-1624)に秋田に入り、故郷の地名を冠した「越後屋」の屋号で商売を始めた。寛政年間、藩から名字帯刀を許され、当主は代々「佐野八五郎」を襲名、薬種問屋の他に呉服・小間物問屋も営んでいた。江戸時代には那波祐生が創設した救済組織「感恩講」の設立に参画している。

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佐野薬局・新店舗

通町の拡幅により新築された店舗は、切妻造りをイメージしたデザイン、旧店舗を飾っていた屋根看板が再利用されて、今も店のシンボルとして生き残っているのが嬉しい。店内には明治期からの薬の掛け看板が飾られている。

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屋根看板

屋号は金網ベースに木製の切り抜き文字。かつては両側の薬品名も同じ様式だったが、後にホーロー看板になり、今は味気のないプレートになってしまった。

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大正末頃の屋根看板

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持ち送り板

玄関軒下の両サイドに据え付けられていた「持ち送り板」(支柱)も再利用され、店のアクセントになっている。片面が「雲」、その裏側が「波」の彫刻は、雨を呼ぶ雲と水の力に、火伏せの願いを託したもの。

すぐ近くの旧金子家住宅の玄関にも、同形の「持ち送り板」があるが、その彫刻は裏表どちらも「雲」の図案であり、細工もこれと比べると粗い仕上がりになっている。

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