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二〇世紀ひみつ基地

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川反「祇園街」残影・消えた小路

秋田市川反
↑ 川反「祇園街」南地区 2000.05

秋田市川反
↑ 2000.05

秋田市川反
↑ 2003.03

秋田市川反
↑ 2002.04

秋田市川反
↑ 2000.05

秋田市川反
↑ 2003.03

秋田市川反
↑ 2002.04

秋田市川反
↑ 2003.03

秋田市川反
↑ 2003.03

川反五丁目で中華料理店「中華園」を経営していた加藤正氏が、昭和34(1959)年、有限会社「祇園街」を創設、徐々に店舗を拡張し、昭和37(1962)年「祇園街」が完成する。経営者が京都祇園に近い中華料理店で修業していたことから、祇園の華やかさを願って「祇園街」と命名。

ちなみに、川反四丁目にあった「川反ビル」(1965年建設 2017年解体) も、有限会社「祇園街」が経営していた。

両側に店舗が連なる南地区が冒頭の写真、撮影時には廃墟化が進行していた。

北地区の川反通りに面した角地に、1960年代中頃まであった民家の跡地に「祇園街」を最後の拡張、店舗数約60軒となる。川反通りから本町通りに抜ける小路は「祇園小路」と呼ばれた。

秋田市川反小路
↑ 祇園小路と祇園街・北地区 1980年代後期

秋田市川反
↑ 祇園小路と祇園街・北地区跡 右手に「ナカミ川反第1ビル」 2017.03

昭和63(1988)年3月、北地区の二階建て長屋店舗「祇園街」を東京の「ナカミ不動産」に売却。同年6月、同「祇園街」北地区の二階中央部分から出火し、二店舗を全焼。

火元とみられる店は半年前から休業中。立ち退き問題で入居者と不動産会社のあいだで交渉が難航していたこともあって、立ち退かせるための放火ではないかと噂された。

同年11月その跡地に、地上6階・地下1階建の「ナカミ川反第1ビル」が竣工する。

パチンコ文化センター

「祇園小路」の南側、今は駐車場になっている場所に1980年代後半まで存在した、パチンコ「文化センター」。ネオン看板に輝く「丸に星」のロゴマークが北朝鮮の国旗のそれに似ているが、その話は別の機会に。

秋田市川反
↑ 「文化センター」跡と「ナカミ川反第1ビル」 2017.03

アシベ
↑ 昭和44(1969)年

「祇園街」に短期間存在した、ミュージック・レストラン「ACB・アシベ」は、東京都中央区銀座七丁目にあった伝説のジャズ喫茶「銀座ACB・アシベ」と同名の店。昔の川反には、昼から営業する喫茶店や食べ物屋が多かった。

秋田市川反火災
↑ 昭和57年12月8日『秋田魁新報』

昭和57(1982)年12月8日未明「祇園街」南地区で火災発生、西側店舗が全焼した。

秋田市川反小路
2017.03 「祇園街」南地区跡から川反通りを望む

平成15(2003)年7月「祇園街」南地区解体、跡地は駐車場となる。

秋田市川反
「祇園街」南地区跡 2008.05

冒頭の写真と同じく「ナカミ川反第1ビル」より撮影。

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