二〇世紀ひみつ基地

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昭和なつかし広告・福嫁わた・雛牡丹わた

Fukuyomewata昭和45(1970)年・新聞広告

Hinabotan昭和45(1970)年・新聞広告

昭和30年代中頃から50年代初めにかけて、『秋田魁新報』夕刊に毎日のように掲載されていた綿(わた)の広告。

「福嫁わた」は土崎港菻(がつぎ)町の木末商店、「雛牡丹わた」は土崎港肴町の佐川商店の登録商標である。

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綿(わた)の包装紙には商標がカラフルに印刷されたラベルが貼られていた。

今では綿(わた)の広告を目にすることはないが、布団や座布団はもともと、買うものではなく、それぞれの家庭で仕立てる自家製で、綿(わた)が古くなって弾力を失うと、綿(わた)屋に打ち直しを依頼し、再生した綿(わた)を使って仕立て直した。

昭和34(1959)年の時点で秋田市内の製綿会社は約19軒。平成28(2016)年5月現在、秋田市内の製綿業をweb版タウンページで検索すると、3業者が登録されており、かつては「雛牡丹」ブランドで広告を出していた「佐川商店」(ふとんの佐川)の名も見える。

土崎ふとんの佐川
土崎「佐川商店」(ふとんの佐川)2014.07

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 08:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

私は昭和30年に佐川商店で生まれました。
親戚で住み込みしてました。

雛牡丹の風呂敷ありますよ。

| マイスタ-フォ-ク | 2016/07/16 18:53 | URL | ≫ EDIT

川端たぬきさん、こんばんは。
あきたのSHです。
けさの大雪のチョーノロノロ運転での通勤時、ふとんの佐川さんの前でついに停止状態に。お店に貼ってある文字だけのチラシをながめると、「朱ローソクあります」とか「新物いぶりがっこ入りました」などのチラシも。
車の中で考えました。走る車の人にはこのチラシは効果がない。町内の人か、ふとんの買い物に来た人にしか効果がない。。。
そこで、思い出しました。昭和40年くらいまで土崎には、いなかの母さんやばあさんがたがバスで買い物にきていました。秋田の町まで行かなくとも土崎まで出ればたいがいの買い物はできました。お店もいっぱいありました。
もんぺで手ぬぐいをかぶり、風呂敷をしょったマント姿の婆さんがバス停の根元のコンクリに腰かけていました。(ひとつ下手のバス停は、たねこや「種子屋」の前にあり、春にはお百姓さんでにぎわっていました。)自家用車の普及とともに土崎はさびれていきました。もしかしたら、あのチラシはそのころからあったのかも。。。 ふとんといっしょにならべてなくとも、「せば、いんぶりがっこもすこしもらってぐはあ」といわれれば、店の奥の土間の樽から持ってきてくれた、冬の会話があったのかも。。。
すべて渋滞中の妄想です。
でも、懐かしい風景をいっぱいおもいださせていただきました。ありがとうございました。

| あきたのSH | 2017/01/25 00:41 | URL |















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