二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●音楽●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

秋田杉の殿堂「杉のや」1977 開館・○〆鎌田

マルシメ鎌田・杉のや
昭和52(1977)年 新聞広告

秋田駅構内で酒まんじゅうの実演販売、秋田駅前の飲食ビル「鎌田会館」のほか、県内外でミスタードーナツを展開していた鎌田グループが、昭和52(1977)年11月、秋田市中通四丁目に、総合飲食ビル「ロイヤル鎌田・杉のや」をオープン。

キャッチフレーズは「人生の門出から一家の団らんまで・・・心がふれあう笑顔の広場」。

秋田駅ビルおよび秋田空港ターミナルビルに「杉のや支店」を開設すると、「ロイヤル鎌田・杉のや」は「杉のや本店」と呼ばれるようになる。

 各階のご案内

 近づく冬の足音。忘年会や結婚式の噂でもちきりのこの頃。また鎌田グループの新しいスターが誕生しようとしています。その名も、ロイヤル鎌田《杉のや》。外観はもとより、各階ごとにこりにこった仕上げと趣向・・・。人生の門出から一家の団らんまで・・・。“心がふれあう、笑顔の広場”となるよう、味と真心でご奉仕させていただきます。

マルシメ鎌田・杉のや

杉のやロイヤル鎌田《杉のや》1F

マルシメ鎌田・杉のや

マルシメ鎌田・杉のや
昭和52(1977)年 新聞広告

マルシメ鎌田・杉のや

オープン当日は、盛岡のチャグチャグ馬コによる花嫁道中が披露され、秋田杉の容器を使った“杉のや定食”が先着100名に無料提供された。

秋田杉の曲げわっぱを容器とし、さけ・えび・かど(ニシン)山菜などを具材に、かまどの直火で蒸した「わっぱめし」は「杉のや」の名物。

マルシメ鎌田・杉のや
昭和54(1979)年 書籍広告

マルシメ鎌田・杉のや

御影石を敷きつめ、グレーの瓦ぶき屋根をのせた和風のエントランス、正面中央に三色のアルミ板を杉綾模様に組み、その両翼に組木をイメージしたフレームを施し、内装に秋田杉を多用。

建材から食器まで“秋田杉”にこだわり、内外装に趣向を凝らしたユニークな建物は、昭和57年度・市民が選ぶ「都市景観賞」に選定される。

昭和64(1989)年、新事業展開と経営改善のため、「杉のや本店」の建物・土地を、山梨県都留市に本社を置き、秋田県鹿角市に誘致企業「アイデックス」を経営する、金型加工メーカー「相川プレス工業」に約20億円で売却。

「杉のや本店」は「相川プレス工業」とリースバック契約を結び、改装後、テナントとして入居して営業をつづけた。

市内のホテルがブライダル・宴会部門に力を入れてきたことも影響し、大小宴会場の利用が低下していた「杉のや本店」は、テナント契約の更新条件が折り合わず、平成10(1998)年5月末に閉店。ほどなくビルは解体されて駐車場となるが、とても堅牢な建物で取り壊しに苦労したという。

秋田駅ビル内の「杉のや支店」を閉じたあと、最後に残った空港ターミナルビル内「杉のや支店」の経営から数年前に手を引き譲渡。旧鎌田グループの事業はミスタードーナツのみとなり、前掲記事のとおり、創業70年目の平成28(2016)年2月倒産した。

緑色でマーキングした部分が「杉のや本店」跡地、エントランスは東を向いていた。

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 08:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

杉のやと言えぱ・・・

常に筝曲のBGMが流れていたように記憶しています。
なので、「春の海」以外の箏曲を聴くと、杉のやを思い出します。

| 昭和49ers | 2016/04/18 23:46 | URL | ≫ EDIT

6階建てだったとは

倒産の報道で空港の杉のやに触れないのが疑問でしたが、既に手を引いていたわけですか。

杉のや本店は、子どもだった1990年前後に数回、1階を利用したことがあります。御影石など和風のたたずまいの記憶がおぼろげにありますが、低層の建物だと思い込んでいて、(外観は何度も目にしていたのに)6階まであったとは知らなかったです。「同経営でフロアごとに店舗形態を分ける」という形式では、第一会館の川反店に通じるものを感じます。

| taic02 | 2016/04/20 12:35 | URL |















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://20century.blog2.fc2.com/tb.php/1056-2ad9f744

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT