二〇世紀ひみつ基地

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市電が走る街・大町

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県庁前通り・昭和二十五年
秋田市大町二丁目交差点から東を望む

左手に大正期に建てられた勧業銀行秋田支店、直進して二丁目橋を渡った突当りには県庁舎。当時の道幅は12.7mほど。

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勧銀前 宝くじ売り場

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野口時計店側

右手の店舗は野口時計店。
店舗脇の電柱に、「哀愁の港 やくざブルース」「旭座」の文字が見える映画看板。旭館は市内十人衆町(大町六丁目)にあった映画館で、のちに銀映座と改称、昭和四十年頃に閉館。

車両番号「112」の電車は、市営になる前の昭和五年、栗原源蔵の秋田電車株式会社が創業時に購入したもの。

まだ自動車の数も少なく、歩道と車道の区別など無い、どこもかもが歩行者天国だった時代の、路面電車が写る風景には、のどかな空気が流れている。

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山王大通り二丁目交差点から東を望む

昭和四十五年(1970)、13mに満たない通りは、36mに拡幅され、通称・山王大通り(またの名を竿燈大通り)となり、取り壊された勧銀は川向こうの現在地に移転。その北隣にあった石川書店が現在のスカイビル(スカイホテルが入居)のオーナーになっている。突当りにあった県庁舎は昭和三十二年(1957)焼失し山王に移転、跡地の一角には高層ビルが天を突いている。日銀の南隣、道路沿いにあった三光堂書店は、中央通りに移転後、残念ながら廃業してしまった。

| 秋田市今昔 | 23:00 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

無沙汰のうえ、突然こんたコメントして不調法だす。
重ねて不調法だすども、石川書店さんの、昔の写真どがお持ちでねすか。
大町3丁目あだりがら、金融機関の支店が段々ど撤退していったなが、どうも秋田市街の衰退の始まりだったんでねがど思っています。むがしは、そさ都市銀行の支店どが、証券会社の支店も数多くあったなんて、ワゲ人がた、信じらえねべな

| ミドリの戦車 | 2005/08/28 03:20 | URL |

戦車さんおひさしぶりです。
石川書店の周辺の写真はあるんですが、そのものを写したものはありませんね。

| たふらんけ。 | 2005/08/28 23:17 | URL |

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| - | 2011/03/01 14:29 | |















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