2005.08.21 Sun
足下の江戸・古川堀反町遺跡

古川堀反通り
広小路方向から北を望む
左に秋田カトリック教会、その向こうが工事中の秋田警察署。
右手の堀側にはかつて、貸ボートと金魚・熱帯魚の「秋田水族館」、「金鳥園」の熱帯魚部、水交会館などが並んでいたが、今は駐車場になっている土地も多い。
佐竹氏の居城からも近いこの付近は、大物クラスの家臣が配置されていた武家屋敷で、昭和三十八年に警察署が移転するまでは、根本家の武家門が残り、武家屋敷の風情をわずかに残していた。
その武家門をくぐると秋田県立病院(前身は秋田組合病院)があったのは、昭和二十年代までのこと。県立病院は国立病院と合併し、秋田県立中央病院として昭和二十九年、大手門通りに(現・脳研の地)移転している。

明治元年当時の周辺地図
黄色でマーキングされたあたりが発掘調査区域
日本画の大家・寺崎広業(1866-1919)は慶応二年、カトリック教会の地にあった、母の実家・疋田家で生まれている。
秋田中央署の改築に伴う古川堀反(ふるかわほりばた)町遺跡の発掘調査は、今年三月から七月にかけて行われ、小野岡家の敷地から陶器や木製品、キセルなど、約三千五百点が発掘された。

井戸
地下水が豊富なため保存状態が良い。

馬櫛(まぐし)・木製品
灰均しの可能性もあるが、馬の毛を梳く馬櫛と思われる。

人形・木製品
かなり古い時代のものと思われる、コケシの原型のような素朴な人形。
円空仏のような良い顔をしている。

陶磁器類
出土品のほとんどが、ごみ捨て場から発掘されているため割れた雑器が多いが、なかには織部焼も。

土人形類
いくつか人形の型のようなものがある。もしかしたら、武士の内職として土人形や張り子の人形を造り、苦しい家計の足しにしたのかもしれない。
現代人が生活を営む地面のすぐ下の、あちらこちらに江戸の人々の暮らしが眠っているのだ。
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