二〇世紀ひみつ基地

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足下の江戸・古川堀反町遺跡

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古川堀反通り
広小路方向から北を望む

左に秋田カトリック教会、その向こうが工事中の秋田警察署。
右手の堀側にはかつて、貸ボートと金魚・熱帯魚の「秋田水族館」、「金鳥園」の熱帯魚部、水交会館などが並んでいたが、今は駐車場になっている土地も多い。

佐竹氏の居城からも近いこの付近は、大物クラスの家臣が配置されていた武家屋敷で、昭和三十八年に警察署が移転するまでは、根本家の武家門が残り、武家屋敷の風情をわずかに残していた。

その武家門をくぐると秋田県立病院(前身は秋田組合病院)があったのは、昭和二十年代までのこと。県立病院は国立病院と合併し、秋田県立中央病院として昭和二十九年、大手門通りに(現・脳研の地)移転している。

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明治元年当時の周辺地図
黄色でマーキングされたあたりが発掘調査区域

日本画の大家・寺崎広業(1866-1919)は慶応二年、カトリック教会の地にあった、母の実家・疋田家で生まれている。

秋田中央署の改築に伴う古川堀反(ふるかわほりばた)町遺跡の発掘調査は、今年三月から七月にかけて行われ、小野岡家の敷地から陶器や木製品、キセルなど、約三千五百点が発掘された。

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井戸

地下水が豊富なため保存状態が良い。

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馬櫛(まぐし)・木製品

灰均しの可能性もあるが、馬の毛を梳く馬櫛と思われる。

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人形・木製品

かなり古い時代のものと思われる、コケシの原型のような素朴な人形。
円空仏のような良い顔をしている。

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陶磁器類

出土品のほとんどが、ごみ捨て場から発掘されているため割れた雑器が多いが、なかには織部焼も。

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土人形類

いくつか人形の型のようなものがある。もしかしたら、武士の内職として土人形や張り子の人形を造り、苦しい家計の足しにしたのかもしれない。

現代人が生活を営む地面のすぐ下の、あちらこちらに江戸の人々の暮らしが眠っているのだ。


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| 秋田市今昔 | 22:00 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

疋田家

 母方の祖父が、疋田です。色々調べたりで、教会にもいきました。でも、お寺の荒れ果てた感じには、愕然としてしまいました。

| kuma | 2010/07/06 19:51 | URL |

Re: 疋田家

疋田家については他にも記事がありますので以下をクリックして御覧ください。

http://20century.blog2.fc2.com/blog-entry-547.html
二〇世紀ひみつ基地 疋田家の三本松・広小路名物

| 川端たぬき | 2010/07/06 20:51 | URL |

疋田家

とても興味深いものでした。
母、叔父叔母も仙台在住で、私が、秋田に嫁にきたもので・・・
 帰省時、この記事など見せてあげようと思います。
 UPありがとうございます。(__)

| kuma | 2010/07/08 14:14 | URL |















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