二〇世紀ひみつ基地

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七夕と御盆

日本古来の七夕(タナバタ)は、大陸から七夕(シチセキ)行事が渡来する以前からの民間信仰。東北の七夕行事である、ネブリナガシ(ネブタ、竿燈など)が終わると御盆が始まるが、七夕は、水で体を清め慎んで祖霊を迎える準備をする、ミソギの行事であったという。この日は秋田県内でも、七たび水浴びし身を清める習慣があった。竿燈祭りの期間中、竿燈のてっぺんに飾られて、ケガレや睡魔が付いた御幣を、最終日の翌日の早朝に川に流す「御幣流し」は、かつての七夕行事の名残。

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竿燈と御幣

収穫祭としての七夕も古来の行事で、胡瓜や瓜、茄子や茗荷などの畑の作物の成熟を神に感謝してそれらを供え、竹笹を神の依代(よりしろ)として立て、神の乗り物として、胡瓜の馬、茄子の牛を飾った。それが後には盆飾りへ引き継がれていく。季節の野菜が豊富にならぶ草市は、いにしえの収穫祭の片影だ。

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胡瓜の馬、茄子の牛

牛馬は地方によっては稲藁やマコモで作る。
「精霊をお迎えするのが胡瓜の馬、荷物を積む為の茄子の牛」とも、「迎えは馬で早く、送るときには牛でゆっくり」ともいわれている。

御盆と正月は仏教渡来以前からの「魂(タマ)祭り」が起源。正月には「お正月さま」が、お盆には「お精霊さま」という祖先の霊が、山からこの世を訪れ、生者と交歓する不思議な時空間を作り出す。それがやがて仏教と習合して日本独自の盆行事となった。

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精霊棚の供え物

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お地蔵さまの供え物

盆踊りは訪れてきた精霊を慰め、生者と共に遊びたわむれるものだった。手ぬぐいで頬被りしたり、菅笠や頭巾をかぶって顔を隠して踊るのは、踊り手が精霊を演じているのだという。

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