二〇世紀ひみつ基地

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2012年10月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年12月

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冬浅き千秋公園・2012初冬

秋田市 千秋公園
2012年11月下旬



































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さようなら、噴水と芝生広場・秋田市役所前


2012.11 秋田市役所前

来年(2013)着工する秋田市役所・新庁舎建設を前にして、市役所前の芝生広場に仮設駐車場を整備する工事が、予定より遅れた11月中旬から始まった。


秋田市役所・新庁舎完成イメージ

新庁舎は現庁舎に隣接する「NHK秋田放送局」跡地(現・来庁者用駐車場)に2015年竣工予定。イメージ図の右手に山王大通り、正面玄関は西向きとなる。


2008.03 山王「NHK秋田放送局」2008年3月、秋田駅東口に移転

秋田市役所前の噴水、撤去へ 10月中、新築に伴う整備で


竿燈期間中、期間限定でライトアップされた市役所前の噴水

 秋田市は市役所前の噴水を10月中に撤去する。来年にも予定される新庁舎建設に伴う周辺整備のためで、噴水がある芝生広場は仮設駐車場となる。47年間、水を噴き上げ官庁街に潤いを与えてきたが、今月いっぱいでその役割を終える予定だ。
 噴水は、市役所が千秋矢留町から山王に移転新築された1964年の翌年4月、秋田銀行が庁舎完成を記念して寄贈した。縦12メートル、横18メートルの長円。水が39本のノズルから噴出し、10分で30種類の“噴水ショー”を演じる仕掛けだ。
 市新庁舎建設室によると、噴水は構造上、移設が難しく、やむを得ず撤去、廃止することにした。噴水は現庁舎正面を想定して設計、配置されており、NHK秋田放送局跡地に新庁舎が完成すると位置関係も変わるという。
 最高3メートルの高さまで噴き上がる噴水は竿燈まつり期間中、赤、黄、青、緑色の水中ランプに彩られた。噴水の周りでは観光客らが記念撮影をしたり、縁に腰掛けてくつろいでいた。(2012/08/10 16:33 更新)


2012.08

●秋田市役所前噴水
新庁舎の完成を記念して秋田銀行が寄贈
総工費・約570万円(当時の小学校教員初任給1万8千円ほど)
完成通水式・1965年(S40)4月24日

●通水期間(当初)
4月中旬から10月中旬まで通水、日没後一時間ライトアップ
夏期は日没から午後9時までライトアップ

昭和40年代初頭の数年間、7月の夕刻、ライトアップされた噴水前で市内中・高校のブラスバンド総出演による納涼音楽会を数日間開催、市民の好評を得る。


2012.08 秋田市役所前芝生広場


1970年代 秋田県庁から秋田市役所を望む


2012.08 花時計と噴水


2012.08


2012.10

噴水とともに秋田市役所のシンボルだった花時計は新庁舎周辺に移設予定。

秋田市が推進した「花百万本の街づくり運動」のシンボルとして企画された花時計は、資金を「秋田市元市議会議員懇談会」が寄付、「秋田市時計貴金属メガネ商組合」から時計装置の寄贈を受け、1980年(S55)7月に完成した。


2012.08


2012.08


2012.08


1972年頃

まだ自家用車所有率が低く、クーラーも贅沢品だった時代、夏期は涼を求めて家族連れやカップルが集まり、ライトアップされる夜間は格好のデートスポットなった市役所前芝生広場の噴水も今年で見納め。

市役所が山王地区に移転して50年弱、秋田市の高度経済成長期を象徴する、なじみ深い市役所前の景観は失われ、その大半がアスファルト舗装の駐車場に。よく手入れされた芝生広場に配置された噴水と花時計も、記憶と記録の中だけの光景となる。


1972年頃

芝生広場の向こう、山王大通りの十字路に初代「秋田市立体育館」。空が広い。


初代「秋田市立体育館」

秋田県庁舎の東側、今の駐車場付近にも、大きな長方形の噴水があった。


2012.10


2012.10


2012.11


2012.11


2012.11


2012.08 山王散歩道 水の広場

新庁舎の工事に関連してか、山王散歩道の噴水も撤去され、そのあたりに鉄骨が建っていて驚いたが、作業員の話によれば、噴水は工事完了後、同じ場所に復元されるとのこと。

秋田県庁東側からスタートし、「NHK秋田放送局」跡地東側、市役所裏を通って秋田消防署に到る、延長610メートルの山王散歩道が全面開通したのは1981年(S56)の春。噴水のある山王大通り北側は、前年の1980年(S55)6月に開通している。

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秋暮れる千秋公園・2012晩秋

秋田市 千秋公園
2012年11月中旬













































































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旅する石敢當・登町「登利谷理髪店」前

街角の文化財・魔除けの「石敢當」その十

秋田市楢山登町の一角、十軒町通りの突き当たりに位置した、登利谷(とりや)理髪店の前に、かつて、自然石をそのまま利用した、おもむきのある石敢當(いしがんとう)が存在した。


「登利谷理髪店」前 石敢當

旧町名・楢山入川橋通登町の登利谷理髪店が取り壊され、迎信寺前へ抜ける新道路(勝平地区と中央地域とをつなぐ幹線道路・新屋十軒町線の一部)が開通したのは昭和50年代のことだったか。

丁字路が十字路となって、石敢當が消えたのは、以前に書いた「南通り十字路の石敢當」と同じだが、その後のいきさつが異なる。


昭和24年発行 秋田市街図より

青マーキングが登利谷理髪店。赤マーキング部分は新設および拡幅された現在の道路。

水色ラインは旭川に通じる排水路。今は無いこの水路は入川(いりかわ)の名残で、登利谷理髪店前丁字路(現・十字路)の北側に、「楢山入川橋通登町」という町名の起源となった「入川橋」が架かっていたのだが、その話はいずれまた。


大きな地図で見る
登利谷理髪店前「石敢當」跡


2012.11 十軒町通りより旧丁字路を望む

登町を立ち退いた登利谷理髪店は旭南二丁目へ移転。その後、千葉県柏市に転出。かつて登町の丁字路に存在した石敢當は同家の前に今も健在という。

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そば屋の支那そば「千秋麺」横町で〆の一杯



秋田市の老舗製麺所「ヤマヨ」から、横町通り「そば処・紀文」の人気メニュー「千秋麺」新発売。

昭和41年の創業当時から、川反帰りの酔客に“〆の一杯”として親しまれてきた、極細の卵麺にあっさりとした醤油スープがからむ「千秋麺」は、ラーメンというよりも、“支那そば”と呼ぶにふさわしい、昔なつかしの風味。



パッケージに写るノレンに「わんこそば」とあるように、初期の「紀文」は、秋田で唯一、本場盛岡式「わんこそば」が食べられる店として話題をあつめた。

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関連リンク

そば処 紀文 きぶん - 秋田/そば [食べログ]
[秋田]そば処 紀文|文藝春秋|雑誌 [web連載]|オール読物|「居酒屋おくのほそ道」

秋田麺の匠 ヤマヨネットショップ/秋田のご当地ラーメン・そば通販

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